本物を探して

PROJECT:DATE 公式

自分の行方

梨菜「うーむ…。」


波流「どうしたの、そんな難しい顔して。」


梨菜「波流ちゃんよ。」


波流「ん?」


梨菜「自分ってどこにいると思う?」


波流「…はい?」


私は腕を組みながら

慣れない足組みをし、

教室内にある自席に座っていた。

窓の外を眺めることも

友達と話すこともなく唸っていたところに

波流ちゃんが通りかかったのだ。


波流「…遂におかしくなった?」


梨菜「そんな顔しないでよー!」


波流「あはは、頭おかしいのは前からだったね。」


梨菜「もっと酷い!」


波流「それで?なんで急にそんなことを考え出したの?」


梨菜「だってさ、自分探しの旅って聞いたことあるじゃん?」


波流「あるねぇ。」


梨菜「波流ちゃんも旅に出たいなんて思ったこともあるわけじゃん?」


波流「まぁ、あるね。」


梨菜「それで、行った先で思わぬ出会いがあって、その人と愛を育」


波流「それはないかな。」


梨菜「とはいえ、旅に出たいと考えたことまではあるでしょ?」


波流「はいはい。」


梨菜「それってさ、おかしくない?」


波流「おかしいのは梨菜のあた…」


梨菜「言わせないよ!」


波流「あはは。今日はやけにのめり込んでるね。」


梨菜「それが伝わればよし。」


9月も終わりに向かう中、

私と波流ちゃんの関係は

相変わらずな距離感で続いていた。

最早家族みたいなものだから、

離れている方が不思議な感覚がする。

普通であれば、幼馴染というのは

いるだけであまり関わりのないものである。

と、よく耳にする。


だが、私と波流ちゃんの場合は

それに当てはまらなかった。

人間が変わらなかったわけじゃない。

お互いに変化に富んだ人生だ。

だからこそ、片方が変われば

それに馴染むように

もう片方も変容してきたのかも知れない。

そうして今の関係が

あるのかも知れないだなんて

時折感じるのだ。


波流ちゃんは4月当初よりも

伸びている髪をひとつに縛っている。

そこにはまだ夏が住んでいるようで、

見ているこちらまで涼しくなった。


波流「それで、何がおかしいの?」


梨菜「だってさ、自分はここにいるじゃん。」


波流「あー…。」


梨菜「でも、探しに行くだなんていう。本当の自分探しだー、とか言って。」


波流「確かにね。」


梨菜「あ、ちゃんと聞いてないね?」


波流「聞いてる聞いてる。納得しかけただけ。」


梨菜「納得しかけたんだ。」


波流「うん。なるほどなぁって。」


梨菜「納得しなかったのは?」


波流「あぁ、何でってこと?」


梨菜「そう。」


波流「自分探しって言うけど、普段触れないようなもの…例えば景色とか体験とかを経て、自分の感情が引き出されるとする。」


梨菜「今まで感じたことないようなってニュアンスだよね。」


波流「だね。たとえこれまで似たものを感じたとしても、多分部分的には違う。」


梨菜「じゃあ新しい?」


波流「そういうことにしておいて。」


梨菜「うん。」


波流「新しい感情を感じたその時の自分は、きっと知らない自分なんだよ。」


梨菜「なるほどー。」


波流「故に、知らない自分に出会えた、知らない自分はそこにいたって思うんじゃない?」


梨菜「なるほどなるほど。」


波流「分かってないね?」


梨菜「分かってるもん!」


波流「本当かなぁ。」


梨菜「要はその土地に自分を感化するものがあったってことだよね。」


波流「そうだね。」


梨菜「じゃあやっぱり自分はここにいるんじゃ…。」


波流「新しいものに触れて、新しい自分になった。そこに新しい自分がいたんだって感じることだと思うよ。」


梨菜「難しいね。」


波流「梨菜が考え出すことって大体そう。」


彼女は困ったようにそう笑うと

授業の準備をするのか

自席の方へと戻っていった。

私個人としてはそこまで

考え続けているわけではない。

それよりも、考えるのは億劫な方だ。

けれど、時折気になってしまうことがある。

気になることについて

あれこれ思いを馳せていると

結果的に考えているという地点にまで

辿りついてしまうのだ。


波流ちゃんはひと通り

準備をし終えたのだろう、

次は移動教室でもないから

時間を持て余したのか

再度こちらへ泳ぐように向かってくる。

春ちゃんはどんな部活をしても

上手くこなせそうだった。

前々から、幼少期頃からは既に

思っていることだった。


波流ちゃんは程よくそつなく熟す。

勉強のみならず、運動や

人間関係においてまでも。

だからこそ、時折不安だった。

波流ちゃんが想いの内を吐ける人は

いるのだろうか、って。

私じゃなくてもいいからと

長年思い続けてきた。

思い続けて口にはしてこなかった。

それは、波流ちゃんも

分かっていることだろうから。


見守るべきだと思っていた。

波流ちゃんがそうしてくれたように、

必要な時だけ手を伸ばしあえるような

そんな関係になればいい、と。

すると何と、いつの間にか

美月ちゃんと信頼関係を築いていた。

私でもわかる。

並大抵なものではなく、

確固とした絆であることを。

長い間波流ちゃんを

見てきたからこそ分かるのだ。


波流「おーい。」


梨菜「ん?」


波流「ぼうっとしてるみたいだったから。」


梨菜「まあね。」


波流「そのままだと授業に響くよ?」


梨菜「そんなことしないよ。」


波流「あはは、そんなことばっかなのによく言うよ。」


梨菜「むむ。」


波流「いい意味で変わらないよね。」


梨菜「沢山変わったよ?」


波流「あははっ、確かに。」


梨菜「波流ちゃんはね…あんまり変わらないかも。」


波流「でしょ。」


梨菜「あ、でも美月ちゃんと会ってからは変わったなって思う。」


波流「そう?」


梨菜「うん。」


波流「えへへ、沢山変えてもらっちゃった。」


梨菜「いい方向?」


波流「勿論!…と言いたいけど、今はまだわからないかな。でもね、常に新しい刺激には触れてる感じがするかな。」


梨菜「じゃあ新しい自分だね!」


波流「ん?…あはは、そうかも。」


まるで力ないように笑った後、

するりと後ろで手を組んだ。

9月も終わりかけている中だが、

手に汗を握っているのだろうか。

それとも冬のようにさらさらとしており、

むしろ乾燥してしまっているのだろうか。


あまり変わっていないけれど

変わってしまった波流ちゃんを見て、

なんだかいいなと思ってしまった。

漠然とした羨みだ。

前々からそうだった。

波流ちゃんはいいな、と思っている節が

どこかにはあり続けた。

それが今、目の前にいる。

その羨む心の塊が目の前に。

それをどうすることもできず、

手で掬うことすらせずに

真横を通り過ぎていく。

見ないふりをしたのだ。

そうしたかったのだ。


梨菜「そうだ。」


波流「ん?」


梨菜「私、旅に出る?」


波流「…はい?」


梨菜「だから、旅に出るの。」


波流「1人で?今から?」


梨菜「週末、波流ちゃんと!」


波流「私も!?」


梨菜「一緒に行こう!」


波流「来てって言わないあたり気になるなぁ。」


梨菜「来て!絶対!」


波流「あーあ、言い出したらもう聞かない。駄目だねこりゃあ。」


梨菜「駄目?」


波流「うーん、まあ、部活1日くらい休んでもいっか。」


梨菜「そうだよ!」


波流「あはは、あんまり肯定されると困っちゃう。」


ぽりぽりとマスクの上から頬をかいていた。

そのせいで、マスクはくしゃりと

緩やかに崩れていく。

波流ちゃんはよく

部活がきついと声にしていた。

だからこそ、休もうといわれると

心が揺らいでしまうのかもしれない。


梨菜「あ、でもさ。」


波流「今度は何?」


梨菜「親睦会みたいなのしたくない?」


波流「花火は違うの?」


梨菜「ああ、えっと…2年生組の!」


波流「2年生組…嶺さ…麗香ちゃんもってこと?」


梨菜「そう!同い年なのに関わりがそんなにないからお互いそんなに知らないじゃん。」


波流「確かにね。」


梨菜「だから旅に誘おうと思う!」


波流「とんでもない旅になってきたね。」


梨菜「えへへ。」


波流「初めて誘うんだったらもうちょっと近場にしといたら?」


梨菜「大丈夫!」


波流「そう?」


梨菜「うん!麗香ちゃんなら着いてきてくれるよ!」


波流「あはは…そっちの大丈夫ね…。」


麗香ちゃんは宝探しの時、

気になるからやると

言っていたのを思い出す。

ということは、突飛的な何かが起こると

楽しむタイプなのかもしれない。

または私のように

気になったら突き止めずには

いられないタイプなのかも。

実際この話に乗ってくれるかは

分からないけれど、

麗香ちゃんを誘ってみようと思う。

せっかく同じ学年なんだから

仲良くなりたいというのは本望だ。

学校が違うとどうしても

会うことも話すことも難しい。

そしてお互い、ネットですら

ほぼ関わりを持たないままに今に至る。

いい機会なのだ、と

何度も言い聞かせた。


刹那、授業の始まりを告げる

チャイムが鳴り響く。

波流ちゃんは慌てて

自分の席へと戻っていった。

他の生徒も慌ただしく

席に着こうとするせいで

幾つかの机がずらされてゆく。

いつからか、この授業の担当の先生が

教団の前に立っていた。


こうして何もない日々は

始まり、続いていくらしい。

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