Imy~アイマイな石人形の私の意味~
緋那真意
第1話
私は老いた魔導師によって命を与えられた
与えられたのは屋敷の警護。人を近づけるな、とだけ言い残して主は屋敷の中に引っ込む。私が主を見たのはそれが最初で最後。後は言いつけを守り屋敷に入ろうとする人間を見つけては適当に追い払っていた。
屋敷の前でぼうっとしていると目の前に一匹の黒猫がいる。主の使い魔であるベルベットだった。
「カワイコちゃん、久しぶりね」
「そう……何?」
「その様子じゃ気付いてなさそうね。無理もないけど」
ベルベットは耳をぴんと立てて話す。
「気……ついて……ない?」
「決まってるじゃない。あたしとあんたの主だった魔導師先生は一年前に死んでしまったの」
「しぬ……? 何……?」
「そうね、簡単に言うともう二度と動かなくなってしまった、ってこと」
「動かない……? 主……もう……来ない?」
それを聞いたとき、自分の中にあった何かが壊れてしまったような気がする。何かが欠落した感覚にどうしたら良いのか分からず、ただ静かに体を震わすことしか出来なかった。
「悲しいようだね。そりゃ悲しいだろうさ。大切っぽく思っていたものが死んじゃったんだし」
「かなしい……死んだ?」
「そういうこと。私は別な主を見つけて楽しくやってるし、あんたも早いこと違う生き方を見つけた方がいいんじゃないかな、って思うけど」
「わからない」
私は両腕で頭を抱える。今までずっと屋敷の守護を務めてきたのに、違うことをしろと言われても良く分からない。
ベルベットもそれを察しているのか、優しげな声音で語りかけてくる。
「まあ、そんなこと急に言われても今のあんたには分からないだろうけど、じっくり考えなさい。時間はあるし、心のままに幸せを掴めるように動いてみれば良いのよ」
「こころ……? しあわせ……?」
「また来るわ。それじゃね」
そう言うとベルベットは駆けていく。残された私は呆然とその場に佇んでいた。
それから私は屋敷の守護を放り出し、一日中自分について考えるようになった。
生まれたときから疑いもしない。私は主のためにあったはずだった。でも主は死んで、私は残された。ずっと同じで有り続けると思っていたのに。
夜な夜な体を震わせながら私は悲しいという言葉を理解した。
私がほとんど動かないことに気が付いた人間がどんどん屋敷に入っていくけれど、気にもならずにただ物思いに耽りながら過ごしていた。
「考えてばかりじゃ駄目よ」
私の様子を見に来たベルベットは心配そうに言う。
「でも……人……居なくなる……悲しい」
「そんなに人間が好きなら人間の村にでも行けばいいじゃない」
「私……動く……逃げていく……こわい……」
あれから体を揺らすときもあったけど、見た人はみんな顔を歪めて「怖い」「恐ろしい」と言いどこかへ行ってしまう。悲しくて嫌だった。
「そんなこと言ってても仕方がないでしょ。いつまでも動いていないと、あなたの心は消えちゃうんだからね!」
「消える……? 死ぬ……同じ?」
「分かってるじゃない。あなたは先生の魔力で石の中に吹き込まれたからそこにいるの。こうやって誰かと話してないと、いずれ自分が誰なのかも分からなくなって消えてしまうのよ」
私はまた体を震わせる。自分が分からなくなってしまうのが怖かった。しかも、それが続いたら消えてしまう……死んでしまう。
恐ろしくて、悲しくて私は大きく体を震わせ頭を抱える。それしか出来なかった。
ベルベットは耳を垂らして息を吐く。
「悲しむのも良いけど、じっとしてちゃ駄目。とにかくここから離れなきゃ。何ならあたしの家に来る? うちのご主人様は良い人よ」
「いい……私……自分……決める」
断った。良く分からないけど、このままベルベットの元に行くのは違うように思えた。私には別の場所がある……はず。
「ふぅん、どうするの?」
「歩く……離れて……考える……」
答えながらゆっくりと立ち上がる。ずっと立ち上がっていなかったので手足が軋む。石でできた体が重い。今まで私はどうやって動いていたのだろう。でも、行かないといけない。
「どこに行くのか考えてる?」
「森……気になる……」
左の方角を指差す。ベルベットは右側から来ていたので、反対の方向へ行きたかった。
「あちらに人は来ないけど、平気かい?」
「そう……? 私……平気……ありがとう……ベルベット」
「気にしないでいいわ。それじゃ、ここじゃない何処かでまた会いましょ」
ベルベットはそう言って私にウィンクすると、右手の方へと駆けていく。それを見送った私は、どすどすと足音を立てて左手の方へと歩いていった
屋敷の周りには森が広がっている。そこには沢山の木が生えているとベルベットは話していた。歩いてみると木が体に当たって倒れる。やがて水が湧き出る場所に辿り着く。
水面を覗き込むと私の姿が映り、無骨で大きな石に覆われた姿に激しく体を震わせる。自分の体のはずなのにどうしようもなく悲しかった。
三日三晩、湖のほとりで体を震わせて過ごした。
気持ちが収まり、その場を離れて何処かへ行こうとすると後ろが騒がしい。
振り向いてみると人間がこちらに向かい走ってくるのが見える。その後ろには小悪魔の姿。誰だろう、と思うより前に体が動く。
走ってきたのはまだあどけない顔の少年で、私が近付いて来るのを見てその場にへたり込む。
「す、
少年は呆けたように私を見上げる。小悪魔の方も追い付いて動きを止める。
「何だお前。誰に命令された?」
「主……いない……ここ……いる」
甲高い声で脅かすように話す小悪魔に淡々と告げるが、私の意識は足元にいる少年に向けられていた。
「ふん、野良人形か。まあいい、手を出すなよ。主人がそいつをご所望でな」
小悪魔は血走った目を私に向ける。
「手……出す……どうなる?」
「馬鹿が! こうなるんだよ!」
次の瞬間、何かがぶつかり顔の周りが深く削れたような気がした。小悪魔が舌打ちする。
「石頭め! 次は仕留めてやる」
「あ、頭が! だ、大丈夫なのか……?」
「私……平気……退いて」
怯える少年に後ろに隠れるように告げて小悪魔と向かい合う。
「石人形風情がこのスカッシュ様に勝てると思っているのかよ!」
「私……人形……この子……違う……守る!」
守るという言葉に力を込める。主を守るために作られた石人形の私は、何かを守って壊れていくのが一番良いに違いない。
しかし、スカッシュと名乗る小悪魔は私の決意を鼻で笑うかのごとく力を放ち、左脚を撃ち抜く。足がもつれ、その場に膝をついてしまう。
必死にもがく間に今度は両腕に力を受け、左は砕かれ右もひび割れる。手も足も出ない。
「ふん、邪魔するからだ。お前をあの世へ送ってからそいつも頂くぜ」
「う……う……」
呻きながら懸命に体を励まして立ち上がろうとしていると、背後にいる少年の声が聞こえてくる。
「今度こそ僕も終わりかな……。ごめん、姉ちゃん……」
どくんと何かが体中に響く。
はるか前から知っていたような懐かしい響き。
全身に不思議な力が湧き出るのを感じて前を見据える。私の手足を奪ったスカッシュの表情は油断しきっている。
次の瞬間、私の体は想像も出来ないほどの速さで動く。左足が悲鳴を上げるのにも構わずに地を蹴り、砕けかかった頭を勢い良くスカッシュにぶつける。少しだけ頭にぐにゃりとした感触を感じた。
声を上げることも出来ずに遥か彼方へ吹き飛び、それきりスカッシュは姿を見せない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます