第71話 【壱】運命の選択肢その2

 俺はなんでこんな質問をしてしまったのか分からない。

 そんなの理由は一つに決まっているだろうに。


「それは、貴方の事を愛しているからです。このまま学生同士の関係で終わりたくないと、思ったんです。学校だけでの関係だけではなく、プライベートとしての関係も欲しい、そう思ったんです」


 彼女の目を見れば分かる。この言葉には誰にも打ち明けられない覚悟があると。

 その覚悟に対して俺はどうやって向き合えば良いんだろうか。

 だいたい、既に社会人の生活を終えているのに学生の関係なんて分からない。

 ⋯⋯社会人?


「そうですか。⋯⋯それに対して、俺は断らないといけません」


「⋯⋯ッ! 覚悟はしておりました。貴方は自分と居ても、一度も笑ってくれませんでしたから。ただ、どうして断らないといけないのか、お聞きしてもよろしいですか?」


 質問か。


「俺には感情と呼べるモノが欠けています。ここで貴女の告白を受け入れてしまったら、悲しむのは貴女です。ですから、お断りする以外に選択肢はないのです」


「そうですか」


 相手は頭を下げて目を瞑り、考え込む様に静かになる。

 その姿が誰かと重なって見えるが⋯⋯今は関係ない。

 彼女の回答を俺はただ静かに待った。


 そして、先程よりも綺麗で真っ直ぐな瞳を俺に向ける。

 揺るぎないその瞳は強くなった彼女にそっくりだ。

 誰だ?


「なら、貴方に自分が感情を与えます」


「と、言うと?」


「貴方に自分を好きになって貰います。全力で。こんな想いは初めて感じたんです。貴方の事を考えると、心臓の音が速くなって、頭が熱く真っ白になって、ずっと貴方の事ばかり考えてしまう。この想いを、貴方に分かって貰えるようにします。⋯⋯ですので、入試が終わったら、お付き合いお願いします!」


 この時の答えはなんだろうか。

 あっさり断ってしまったら失礼だし、受け入れるのもまた変な話だ。


「いえ。それでも、傷ついてしまうのは貴女です。俺はそれが嫌だ。俺みたいな何も無い人間に時間を割くなら、勉強した方が有意義だよ」


 そう言って屋上を去ろうのしたら、後ろから抱き着いて止めて来た。


「離してください」


「離しません。最後まで聞いてください!」


 背中に伝わる胸の感触が懐かしさを俺に与える。

 凄く、それを認識すると『苛立ち』が沸いて来る。

 このままではただ彼女に対して憎悪を燃やすだけになってしまう。


「自分は貴方と一緒に時間を使いたい。貴方の為に使うのではなく、貴方と一緒に自分の為に時間を使いたい。無駄なんて思わない、言わせない。自分は自分の道を見て貰いたい、です」


 やっている事が大胆だと気づいたのか、途中から恥ずかしがっていた。

 でも、はっきりとそう言われた。


「貴女はそれでも良いの? 後悔はしないの? 貴女の告白を俺が受け入れても」


「もちろんです。後悔するようならしません。入試が終わったら、自由登校で、また会えるかも分からない。そもそもクラスも別、部活も別なんですから」


「⋯⋯なんでそんな俺を」


「それは恥ずかしいので秘密です」


「はは。面白いね」


 俺は人生で初めて笑った。


 そして放課後、俺は鬼龍院さんと一緒に帰る事とした。

 校門で待っていると、皆の視線が一箇所に集まってざわめく。

 金髪を靡かせて優雅にやって来る女性がそこに入る。


「なんだろう。耳が短い気がする」


「え? 自分の耳はずっとコレなんですけど」


「あ、いや。なんでもない。帰ろうか」


「はい!」


 屈託のない満面の笑みに少しだけ心がざわついた気がする。

 俺達は横に並んで家に向かっている。


「あの、その、晴れて恋人同士になったので、ニックネームで呼び合いませんか?」


「⋯⋯えと、俺はまだ鬼龍院さんって呼びたいと思うかな?」


「そうですか」


 悲しそうに凹む。

 これは良くないと思ったので、妥協案を提示する事にした。


「えっと、俺は苦手なので、鬼龍院さんがニックネームで呼びたいと思うならそれでも構いませんよ。⋯⋯出来ればゼラが良いです」


 なんでゼラだと言うのか、不思議に思う彼女。

 確かに俺とはなんの縁がないだろう『ゼラ』と言う名前。

 そもそもゼラとはそのままの意味なのか?

 分からないけど、何故かそれにこだわっている節が俺にある。


「えっと、ゼラだとあまり合わないですよね? ⋯⋯うつろなんてどうですか?」


「ウツロ?」


「はい。今は虚です。虚無の虚。貴方が自分の事を何もないと思うのならですけど。酷いですかね?」


「少しだけ告白の件、怒ってます?」


「えへへ。ちょっとだけ、ね。でも、嫌なら良いんですよ」


「大丈夫です。それで」


「ありがとうございます。虚からいずれ、変わりましょうね!」


 なんか称号的なニックネームだな、そんな事を思いながら歩いていると背後からダッシュして来る人が居る。

 突撃されそうだったので横にステップして回避した。


「お! 拓海が躱すなんて珍しいね! と言うか、一人で帰るとか酷いぞー!」


「あー言い忘れてた」


 そして俺はマナの隣にいる鬼龍院さんに目を向ける。


「この度俺を恋人にした奇特な方、鬼龍院さんです」


「どうも」


「そしてこちらは元陸上部でエースだった幼馴染、マナです」


「⋯⋯恋人?」


 マナがこの世の地獄でも見ているかのような顔なる。

 そして一歩、また一歩と後ろに下がる。


「嘘でしょ? 拓海が? なんで?」


 告白された事よりも、それを受け入れた事に驚いている様子だった。

 確かに、俺の事誰よりも理解しているマナなら驚くかもしれない。


「なんでも何も、そう言う訳なんだ」


「そんな。嘘でしょ。⋯⋯はは。そうか。そっかー。無理なのか、はは。⋯⋯ごめんね拓海、先に帰る!」


 走って帰ってしまう。

 ただ、彼女が去った後の空中に水滴が浮かんでいた。


「⋯⋯拓海さん? 虚くん? は、マナさんの事をどう思ってますか?」


「幼馴染」


「なら良かったです。でも、フォローしてあげてください。彼女の気持ち、分かるので」


「勿論」


 そして翌日の登校。

 両親の顔を久しぶりに見た気がする。


 マナは昨日の件もあるだろうし、一緒に登校しないと思っていた。

 しかし、いつものように俺に話しかけて来る。作り笑いを浮かべ。


「おはよう」


「おはよう」


「ね、拓海はさ、彼女さんの事、好きなの?」


「多分、なんとも思ってない」


「なのに、なんで受けたの?」


「そう、懇願されたから」


 そう言うと、唇を噛み締めるマナ。

 次から出す言葉が凄く震えていた。


「ならさ、マナが懇願したら、拓海は受け入れてくれた?」


「⋯⋯それは、多分ないな」


「だよね。そうだよね」


 彼女の顔に少しだけ『怒り』が灯った。

 目が狂ったように回転して俺を捉えようとはしなかった。


「マナはね、ずっと拓海の事好きだったんだよ。気づいてないでしょ? 余裕だって思ってた、拓海を誰よりも理解していて誰も拓海に興味ないって思ってた。⋯⋯でも、そうじゃなかった。マナは全然拓海の事を理解していなかった!」


 自虐気味に叫び散らす。


「マナのパパさ、社長じゃん? でもさ、今不景気でピンチらしいんだよ。それでさ、大手の御曹司と結婚が決まってるんだ。許嫁だよ? びっくりだよね!」


「ああ」


 俺の方に向かって来て、顔を胸元に中に埋めて来る。

 そしてドン、ドンと拳を強く握って叩く。

 自分の思いを俺に届けるかのように。嗚咽と共に涙を流す。


「嫌だよ。マナはずっと拓海と一緒に居たかった、でもそれは君には伝わらない。待ってたらこうなった、酷いザマだよね。拓海ならって、思った罰かな?」


「そんな事ないよ」


「⋯⋯拓海、マナを殺して」


 震える声で、そう言って来た。


「どうして?」


「好きでもない相手のモノになるくらいなら、好きな人の手で、この体のままでこの想いのままで、終わりたいから」


 彼女の涙に埋まった目からは迷いがなかった。

 彼女が本気で俺に助けを求めて来た。


「リーシア」


「え?」


「いや」


 俺は何故か分からないけど、マナを抱きしめていた。

 こんなの浮気と言われても仕方ない光景だろう。

 だけど、彼女を落ち着かせるにはこうするしかない。


「俺はお前を助ける、お前を守る。どれだけ拒絶されようとも、救うと決めたら絶対にやる」


「拓海? 本当に、君は拓海?」


「俺は俺だ。マナを守るし鬼龍院さんも守る。だから安心しろ、絶対にお前を悲しませない」


「現在進行形で悲しんでるよ」


 かくして、俺はこの生活を『受け入れた』。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る