転生虚【旧タイトル】万能ドッペルゲンガーに転生したらしい俺はエルフに拾われる〜エルフと共に仕事しながら最強へと至る〜

第68話 リーシアと言う存在

　何故私はヒスイお姉さんと戦わないといけないのだろう。

　悪魔さんと合体しているせいか力は同程度になっている。

　命令に従って体が勝手に動くけど、意識だけは酷く冷静だ。

　自分の体なのに自分の体では無いように感じてしまう。

　ヒスイお姉さん。私を殺して。

　そう願っても彼女は戦いながら救う事ばかり考えている。

　先程からゼラさんからの怒りが強く感じる。

　この怒りに呑まれたら、楽になれるのだろうか？

　それは無いな。

　この怒りにだけは呑まれてはダメだ。

「リーシアちゃん！」

　黒い風の斬撃が飛び交う。

　凄い魔法の精度である。

　風の魔法を纏わせた攻撃を維持しているのはエルフと言う理由だけでは足りない。

　第一、エルフは精霊の力を借りて魔法を行使する。

　しかし、ヒスイお姉さんからは精霊の気配を感じない。

　精霊に嫌われているのか、或いは加護を与えている精霊が強すぎて周りの精霊が近づけないのか。

　どちらでも構わないが、ヒスイお姉さんは自身の力で魔法を使っていると言う事だ。

　魔法の武器を使っている訳でもない。

　だと言うのに、風を纏わせた状態で戦えている。

　こんな人がゼラお姉さんの傍にいると思うと⋯⋯嬉しく思える。

「夢蒼風天」

　強風の刃に囲まれる私。

　このまま身が削れるならどれ程良い事か。

　私は自分の思いに関係なくその風を剣で薙ぎ払い踏み込む。

　ゼラお姉さんの怒りを感じながらただ死にたいと願い、ヒスイお姉さんに凶刃を振り下ろす。

　短剣を実質二本手に持つヒスイお姉さんは私の斬撃を器用に受け流して行く。

　その精度は攻撃する度に上達しているので、かなりの成長速度だ。

　悪魔さんが手を貸している雰囲気でもない。

　悪魔さんなら私を殺せるのでは無いだろうか？

　出来れば殺して欲しいモノだ。

　もう、限界なんです。

　誰かを殺す事も、それを仲間達に強いることも。大切な人を傷つける事も。友達と言ってくれた人を傷つける事を。

　ヒスイお姉さん、私の思いを聞いて、届いて。

「わあああああ！」

「リーシアちゃん。まだまだ行くよ！」

　上昇するスピードは確かに速いけど、私が追える程だ。

　純粋な力が足りず、助走しないと私を押し切る力が出せない様子だった。

　このままではジリ貧だと判断した私は召喚獣を取り出す。

　出したのは二匹のゾンビキャット。ペットにちょうど良いサイズの猫。

「⋯⋯ごめんなさい」

　これでも中級クラスの冒険者パーティなら壊滅させる程の力を個々に持つ魔物。

　だと言うのにヒスイお姉さんは謝りながら、銀色の風の斬撃を放って切断した。

　本来ならそれでも再生して再び襲い掛かる厄介な性質があるのだが、悪魔の力なのか再生しないで土に成った。

「ストームインパクト！」

　激しい風の衝撃波。

　腹の中心が破裂したかのような衝撃が全身を襲う。

　それでも体は痛みを感じずに、ボロボロに成りながらも再生しながら動く。

　私はただの操り人形。

　攻撃する度に悲しそうな顔をするヒスイお姉さん。

　こんな戦い互いに苦しくなるだけであり、さっさと終わらせるべきである。

　それを終わるなら、ヒスイお姉さんが全力を出して私を殺す事だ。

　救うなんて甘い言葉で私の覚悟を揺らさないで、あっさりと殺すべきだ。

　私は人間じゃない。魔物なんだ。

『殺せ』

「うぅ」

　私は頭を抑えた。

　この行動は隙を生み出して、最大の攻撃チャンスへと変わる。

　しかし、ヒスイお姉さんは攻撃しないで私を見るだけだった。

　流れる他者の意識。

『敵を殺せ』

『憎い。障害は全て、破壊する』

　彼とゼラお姉さんの意識。

　彼の命令意識とゼラお姉さんの怒り意識が交差して私を蝕む。

　このまま聞いてしまったら私は全力でヒスイお姉さん攻撃してしまう。

　確かに、今は簡単にやられてしまう状態ではないだろうが、それでも全力を出す訳にはいかない。

　お願い。悪魔さんでも良い。今の状態で私を殺して。

　既に私は心もゾンビだ。

　人を殺しても何も感じなくなってしまった惨いゾンビ。

　憎まれ嫌悪され、殺されるべき対象の醜いゾンビなんだ。

　だから殺して欲しい。それが私の為になると思って。

「リーシアちゃん、戻って！　アンナ奴の命令に従っちゃダメだよ！」

「うぅ」

　ヒスイお姉さんは優しいし、その言葉には温かみがある。

　どうして耳に入って傾けてしまう言葉の重みがあるのだ。

　だけど、【死霊創造（アンデッドクリエイト）】で生み出された私は彼に支配されている。

　スキルの支配を打ち破る事は確実に出来ない。

　明確な『レベル差』が存在しており、私の耐性スキルでは彼の支配スキルのレベルを越えられない。

　きっとプレイヤーに関わっている私しか現地人では知らない情報。

　これらの情報は伝えようとしても、その時には記憶から抜け落ちてしまうのだ。

　他人には伝えられないプログラムが私達現地人には組み込まれている。

　きっとこの戦いやこの運命は神々が仕組んだ事だろう。

　残酷だ。

　ただの子供だった私にここまでの事をやらせるんだから。

　酷いモノだ。

　自分達には圧倒的な力が備わっているから安全な高みの見物をして。

　プレイヤーと言う元々同じ世界で育った人達で殺し合わせるなんて。

　それを娯楽と楽しみ、それを加速させる為にプレイヤーにはそれぞれの関係者も選ばれる仕組みがある。

　彼の場合はいじめて来た相手や憎むべき相手もこの世界に来ているだろう。

　ゼラさんは一体どうなのだろうか。

　そう考えると、とても神が憎くてたまらない。

　孤児院だったから神に対して信仰心はあったし、食事などの前には感謝もしていた。

　しかし、この世界のシステムを知ってしまうと純粋に感謝なんて出来ない。

　そもそも、私が信仰していた神なんて、人間が作り出した都合の良い存在だし。

　いや、そういう人々の進行な思いに寄って神は生まれるのかもしれない。

　だけど、純粋に感謝出来ないのは確かだ。

　こんなゲームの為に様々な人を殺し合わせて、世界を都合良く作り出して、何が楽しんだろう。

　それで泣いて、泣いて、泣いて苦しむ人々の存在を軽んじているのだ。

　そんなの、許せないではないか。

　私達はプレイヤーの為に用意されたノンプレイヤーキャラクターだ。

　だけど、各々の家族があり仲間があり絆があり思いがある。

　神々が頼む為に用意された道具ではないのだ。

『憎むなら怒れ』

　怒りは力へと代わり己を強くする。

　呑まれて深く深く怒りの渦に潜れ。

　苦しむなら怒りに身を任せれば良い。

　苦しみも悲しみも全て怒りが包み込んでくれる。

「殺して」

　その言葉と同時に、私は神への怒りが膨れ上がった。

　きっと、ゼラお姉さんの何らかのスキルが影響しているのだろう。

　スキルによって私は自分の感情がコントロール出来なくなり、全力を出してしまう。

　私の最後の一言である願いは届いただろうか？

「断じてお断りよ」

　届いて、いなかった。でも、嬉しいよ。