第32話 ヒルデ・バイ・ブランシュ

 ついにブランシュへと到着した。一列となり門を通過して王城へと向かって行く。

 宮殿のような大きな城である。そこに向かって一直線に進む。

 街で過ごしている人物は全員人間。

 どこを見ても人間、人間。人間しかいない。

 まさに人間の国だと言わんばかりの街の風景に俺もヒスイも警戒を示す。


 家の造りはレンガが多い気がする。窓はガラス。

 技術力は高いようで、一般家庭の家にもガラスが普及していた。

 服装も洋服が多い気がした。化学繊維を使用している可能性は高い。異世界的に魔学繊維? 無知なので考えるのは止めるか。


「⋯⋯やっぱり目立ちますかね」


 列を作って移動をする狼が引く馬車は目立つ。

 人目が集まって来る。窓のカーテンを閉めて、中を見えないようにしておく。

 反対に俺はスキルを使って外を見ておく。


 宮殿へと入り、馬車が止まる。

 騎士がドアを開けて降ろしてくれる。

 感謝を示しながらゆっくりと地面に足を下ろした。

 既に宮殿から人間が数人来ていて、王冠を被ったザ、王様が優雅に向かって来る。


「ようこそいらっしゃいました獣王国の皆様。我はブランシュの国王、ヒルデ・バイ・ブランシュである」


「ご招きご感謝致します。初めましてヒルデ様。私は獣王国から参りました第一王女、リオでございます」


「初めましてヒルデ王。同じく獣王国から交渉役として招かれました、リュエでございます」


 挨拶が交わされ、本格的な会談は翌日に回され、今日は騎士共々用意された客室に向かう。


 それにしてもヒルデ王。俺と同種か?

 ヒルデ王の顔が前世の上司の顔にそっくりだぞ。老若男女ろうにゃくなんにょ共に好かれる良い上司だった。

 助けを求められたら手を差し伸べていたし、色々な人に対等で寄り添う形で、評判も良かった。

 モテていた。それに嫉妬した男性社員を俺が把握して対処していた思い出がある。

 他者に関心が無い事を見抜かれてその上司に頼まれていた。

 俺も良くして貰った。対処と言っても相手の生活が危なくなる事はしてないし、許されない。

 本当に良い人だった⋯⋯と思う。


 そんな人と瓜二つのヒルデ様王。

 間違えてしまいそうだが、その上司の名前を覚えてないので大丈夫だろう。

 まさにドッペルゲンガー。同じ世界ではなく違う世界だけど。


 案内された部屋にはヒスイと俺の二人で入る。

 騎士達は突然来たヒスイに警戒していたが、俺が推薦すると引いてくれた。

 権力乱用な気がする。


「ふぅ。喋らず行動するの辛いですぅ!」


「はは。おつかれ」


「はい。⋯⋯それで夕食はどうするんですか?」


「王が用意するらしい。昔から人間絶対至高主義のこの地に人間種以外の種族が足を踏み入れた記念すべき日だから、貴族や同盟国のお偉いさんを招いてパーティを開くらしいぞ。国中も祭り騒ぎだった。雰囲気だけな」


「そうなんですね。⋯⋯全然知らなかったです」


「仲間から信用されてないから仕方ない」


 その情報は獣人族だけが暗号化、復号出来る暗号文で教えられた。信用されてないヒスイには回ってない。

 寧ろボロが絶対に出ないのでありがたい。

 ま、これを学べるのは国に骨を埋める覚悟をした──騎士達だけだ。

 後は王達。リオも出来るらしいが、複雑過ぎると無理らしい。

 俺は器のスキルが手に入っていたので、後は中身の理解度を上げれば良かった。

 パッシブじゃないのが不思議だ。王妃のお陰ですんなり覚えれた。


 外の風景はカーテンで遮断していたので、俺くらいしか見えてない。

 後は直接狼に乗っていた騎士と馬車の運転手だろう。


「そう言えば、子供達は物陰に隠れていたな。やっぱり他種族は怖いのかもしれない」


「そうですね。⋯⋯でも、子供なら残酷な事をして来るかもしれませんよ。幼い頃から道具としていた他種族なんですから」


「無いな。ありえない」


「⋯⋯ゼラさん。ゼラさんは確かに良い子供達と会いました。それだけゼラさんの心が変わった事になります。ですが、リーシアさん達が暮らしていた国とここは真逆なんです。育つ環境が違えば価値観などは当然変わる。生きている命の数だけ価値観は存在するんです! その事を理解してください。寝首をかかれますよ」


「肝に命じておく」


 ヒスイの真剣の目線に俺はそう言った。

 正直、ヒスイの言っている事は正しい。前の国がそうだったから、ここもそうとは限らない。

 奴隷として扱われていた種族がいる生活と、扱われてない生活、その二つの違いは子供の価値観を大きく変える。


 その時、ノックを変わった動きで六回する人物が現れる。

 ヒスイは小首を傾げるが、俺が再びリオさんの姿に成った事により偽装の指輪を装着する。


「どうぞ」


「失礼します」


 入って来たのは副騎士団長。女性なので俺に一番寄り添ってくれる騎士だ。

 ホワイトタイガーの獣人、ビャである。ビャだ。


「如何なさいましたか?」


「あ、いえ⋯⋯」


 ヒスイを警戒しているようだった。


「部屋の外で待って頂けますか?」


「うん」


 ヒスイが部屋の外に出て、ドアを閉める。

 それまで警戒を緩めないビャ。


「それで、何用でしょうか?」


「はい! リオ様は布で窓を塞いでおりましたので知らないと思いご報告に。今、この国は祭り騒ぎとなっております」


「そのようですね」


「ご存知でしたか!」


「エースは透視の力を持っておりますので、お聞きしてました」


「⋯⋯あのお方にそんな力が」


 悔しそうに歯を噛み締める。

 彼女は俺⋯⋯リオさんに心酔している様子が伺える。

 何をしようとしても先行して、先陣を切る。

 安全確認を一番最初に行うのだ。ヒスイや外交官達にすら警戒心を向ける程だ。

 彼女が心を許しているのは騎士団長くらいか?


 そう考えると、副団長から出世しない気がする。

 実力とある程度の知力があれば副団長にはなれるだろう。

 だが、団長には策略や指揮官としての指揮能力も必要となる。つまり、現状の状況把握能力が高く求められるのだ。

 背中を預ける騎士団にも警戒心を向ける、良く言えば慎重派、悪く言えば他者を信用しない孤独の人間。

 そんな奴は人を動かせない。だから団長の器では無い。


「この国はどう思いますか? 明日から三日間の会談を行いますが」


 一日目は内容確認と情報共有。

 二日目は一日目の内容から判断して修正と相談。

 三日目は最終確認などだ。


 暇な時間に外出は可能である。しかし、二人一組が絶対条件。

 まだ短い間しかこの国に滞在してないが、ここからも見える国の雰囲気である程度の事は予測が出来るかもしれない。

 だから意見を聞いた。


「明るいとは思いますが、やはり全体的に良い風潮ではありません。まだ異種族への差別があると思います。それと、失礼を承知ですがヒルデ王はリオ様を見て、下から上までジロジロと舐め回すような視線を向けていました。信用に値しないと思います」


 全く同じ意見だ。

 あの顔を見ていると信用してしまうが、それは前世に引っ張られているからだ。

 あの目線は嫌いだ。⋯⋯ヒスイにも向けていた。

 その時に一瞬だけ殺気を出してしまっていた。反省しないといけない。


 そのくらいで殺気立つ程、俺の心は乱暴じゃないけどな。リオさんの心か? 分からないな。


「いざと成った時に獣国信号を送ります。対面、或いは全体に広がる音を出す時はより強く集中してください。私の動作や出す音、口の動き全てです」


「勿論でございます」


「信頼してますよ。お下がりなさい。長く居ると警戒されます。出る時にお呼び戻しもお願いします」


「⋯⋯畏まりました」


 ヒスイがすれ違うように戻って来る。


「外出ますか?」


「一時間だけね。行こっか」


 俺は人間に変身出来るし、ヒスイもフードを被っていればエルフと分からない。偽装の指輪を使えば尚更分からないだろう。

 まずは調査、そして記念パーティでの他国の王族との面識を作っておこう。

 俺は見ているだけだけど、怪しまれない為にも、ある程度の行動はしておこう。

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