第29話 脳筋に皮肉は通用しない

「ふぅ」


 王族の娘としての動きを教わり、今日は解散となった。

 人目が無いところで皆に見せていた元の姿に戻った。

 休憩する必要は無いのだが、ちょっと休んだ方が良いだろう。

 生物味を出すのも影武者の役目だと、最近思っている。


「ゼラニウム殿。いや、ゼラさんとお呼びしても?」


「リコオ様⋯⋯勿論です」


 休んでいると、隣に王妃が座って来る。

 言っては悪いが、昔の風俗が使ってそうなタバコのようなモノで吸っている。ただの偏見である。

 不思議そうに見ていた俺に反応して来るリコオさん。


「アナタも吸いますか?」


「あ、大丈夫です」


「そうですか」


 なんで隣に座るんだろう。超落ち着かない。


「ドッペルゲンガーとは珍しいですねぇ。自分も初めて見ましたよぉ」


 緩やかな声音でさらりと俺の招待を口に出すリコオさん。


「なんで分かったんですか?」


「この目だねぇ。相手の本質を見抜く力があるんです。⋯⋯ほんとの姿はあるんですか?」


 素に戻ったような声音で問うて来る。


「特にないですね。今はこの体に落ち着いている感じです」


「無理して龍人の姿をキープする必要はないですよ?」


「一応ここにいる間はこの姿でいます」


「その体を母体に使う理由とかをお聞きしても?」


「⋯⋯名ずけの友の見た目なんですよ。忘れないために、この姿でいるんです」


「そうですか」


 気まづいながらもきちんと会話をする。返事をないのは失礼だ。

 相手は立場的に目上だし、こっちは仕事を貰っている立場だ。


「そちらのエルフさんと娘が仲良さそうに温泉に入って行きますね。仲良くなってくれて良かった」


「見えるんですか?」


「はぁい。千里眼って言う力ですぅ」


「凄いですね」


「⋯⋯アナタも使えるんじゃないですか? 時々瞳が変わってますよ。相手の力を使えるんじゃないですか? 夫の影を一瞬見ましたよ」


「凄い観察眼ですね」


「これくらいしか得意分野がないもので」


「十分過ぎますよ」


 そんな事を言うと、本当に嬉しいのか、いつもよりもトーンが一つくらい上がった感じの声音で語り出す。

 その言葉には娘への愛を凄く感じる。


「あの子は引っ込み思案なところがありましてなぁ。なかなか友達と呼べる人がいないんですよぉ。だから、アナタの主が友達になってくれたようで、本当にありがたい限りです」


「そうですか」


「⋯⋯影武者が終わったら、この国で、この城で働きません? 娘も喜びます」


「それはヒスイ次第ですね」


「そうね。それじゃ、会話楽しかったわよ」


「こちらこそです」


 そして俺も帰る為に廊下を歩く。

 すると、背後にテンションの高い獣王が現れる。

 気配を消してある様子もないし、酒の臭いが鼻腔を鋭く突き刺す。


「お前強いだろ! 模擬戦だ模擬戦!」


「い、いえ。自分は主の元へ戻ります」


「今の主はこの俺だ! さぁ、行くぞ!」


 パワハラ、セクハラとでも叫んでやろうか?

 肩に手を回してどこかに連れ去られる。

 と言うかなんだよ今の主って。確かに契約主だけどさ。


 そして連れて行かれた場所は池が綺麗な庭だった。

 この場所は広く、確かに模擬戦が出来るくらいの広さは存在していた。

 歩いている途中で酔いから抜け出したのか、王の風格を出しながら木刀を構える。

 修学旅行で買われそうな木刀だ。

 数回振るってみる。


「不思議か?」


「そうですね。今考えると、自分の腕以外の武器を持つのって初めてかもしれません」


「は?」


「いえなんでも」


 不思議な感覚だが、これが普通だと思考を改める。

 そして、獣王の「行くぞ!」が合図に動き出す。

 一瞬で肉薄して来て、垂直に木刀を振り下ろす。


「ぬっ!」


 それを受け止めるが、片膝を折る。

 片手で振るったにも関わらず、車を頭上から落とされて、それを受け止めたような重みを感じる。

 鋭さとか角度とか、割りと適当な剣。

 だが、純粋なスピードとパワーが異次元だ。

 それが普通に強い。


「ほう。これならどうだ!」


 受けるのは無理だ。避けるしかない。


 高速で振るわれ、空気を切り裂く木刀をワンステップで避ける。

 風斬り音が鼓膜を震わせ、髪を靡かせる。

 反撃に出ても、相手の上半身と下半身は引っ付いてないかと思われる動きで避けられる。

 超反応過ぎる。


 相手の不意を狙っての反撃をやすやすと避けられ、反撃の拳が突き出された。


「にゅ」


「ほう?」


 腹に食い込んだ拳は、俺を空に向かって吹き飛ばした。

 車に轢かれたような感覚だ。痛みは感じないけど、衝撃は強い。

 痛みに声を上げない俺に心底面白そうな笑みを漏らす獣王。


「まだまだ!」


 別に手加減している訳では無いが、獣王には技術で勝てないと思う。

 技術力では俺の方が上だと思う。しかし、身体能力などが相手の方が上だ。

 スキルとかも確かに影響はあるのだが、それ以外にも獣王が秘めている才能が強いだろう。


「ははは! 空中でも避けるか!」


 空中だと言うのに、激しい剣技が繰り出される。

 攻撃した後の隙を狙って攻撃しても避けられ、さらに反撃を受ける。

 刃の切り返しが上手く速い。つまり、攻撃回転速度がとても速いのだ。

 高火力の高速度。厄介極まりない。


 地面に着地すると同時に地を蹴る。

 高速で振り払われる木刀を受け流しながら、反撃を繰り出す。

 だが、それも再び超反応のスライドバックステップで避けられる。

 しかし、一度見た避け方は俺には意味が無い。

 そう来ると思った。寧ろそう誘導した。


 相手の動きは純粋だ。だから、純粋な攻撃も純粋に反応して来る。

 一度見た躱し方なら対応出来ると思い、さっきの再現をした。

 それは見事に成功し、俺はすぐに獣王へと肉薄出来ている。


 獣王はぶっちゃけ脳筋だ。多分、内政的に支えて来たのは王妃だろう。

 今日一日でそう思う。ひたすら特訓していた獣王に対して、王妃の姿は見かけなかった。


「恨みっこなしですよ!」


「それは、勝ってから言え!」


 俺も内心ワクワクしていた。

 強い人との戦いは俺にとっても良い事だ。自分の強くなりたいと言う欲望が満たされるのだからな。


 渾身の一撃で木刀を振るう。自分の見て来た剣術で自分なりに工夫した剣術だ。

 スピードを完璧に乗せた木刀で獣王を襲う。

 しかし、その木刀は相手の筋肉で止まる。


「なっ!」


「恨みっこナシだ」


 腹が立つ笑みを浮かべて来やがる。

 鋼かと思う筋肉に一瞬思考が止まるが、すぐにバックステップを踏む。


「尻尾に慣れて無いようだな!」


「ちぃ!」


 尻尾を踏まれてその動きが止められる。消そうと思えば出来る。

 だけど、この人の前でその力はあまり使いたくない。

 多分、この人は俺の変身を幻術などだと思っている。

 そのままで行きたい。だから、体の形は変わらないと、そう誤解したままでいて欲しい。

 だから、だからこそ、俺は負けたのだ。

 こっからの反撃には肉弾戦闘では無い。バランスを崩して倒れた俺に出来る事は一つ。


「降参です」


 ギリギリの寸止め。しかし、空気を激しく揺らしていた。

 諸に受けたら骨が砕けるだろう。無いけど。


「互いに全力では無いが、中々に楽しかったぞ! だが、お前は視野が狭いな!」


「⋯⋯獣王は攻撃が単純ですよね」


「そんなのは力が押し切るんだよ!」


 皮肉を込めて言った言葉は脳筋には響かなかった。

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