第2話 心の有無

 動けない。いやまぁ当然と言えば当然なのだが。

 足が無いから動けないのは当然。寧ろ周囲の風景が見える事を褒めようではないか。

 どこに目があるのか分からないけど、見えると言う事は、何かあるのだろう。


 さて、今俺は生物では無く、非生物に変身している。

 この場の獣に変身出来る様に成ったら、前世の記憶にある銃とかに変身出来る様に成った。

 当然動けないし、銃弾を放てる訳でもない。


 元々成れなかったのに、唐突に成れる事に驚きながら、理由を探る。

 まず初めに思いつくのは、この場に来てから時間差で出来る。

 しかし、それだったらいきなり前世の動物に全種類(記憶の中)に変身出来るのはおかしい。

 もう一つはこの場の獣のサイズだ。

 例えば、リスの獣に変身出来る様になり、そのサイズに近い武器に成れる様に成った。

 その場合、新しく獣を見つけ、それがかなりの大きさなら、また増えているかもしれない。

 頭の隅にこの事をおいておこう。


 朝日が登ったので、俺は“ツインテールウルフ”と言う獣に変身する。

 狼の尻尾が二本の獣である。四足歩行だが、違和感無く歩く事が出来る。

 スキルの方は【嗅覚強化】【以心伝心】【連携連帯】【潜伏】【加速】である。

 なかなかに多い。ちなみに、理解度は軒並みゼロである。

 唯一【嗅覚強化】だけが使える状況。


 適当に動く事にする。


 おー、速い速い!

 地面が吸い付く様に足に馴染む。一歩一歩が苦にならない。

 とても素晴らしい。狼の気持ちに成った気分だ。

 狼だと思うが。


 おっと、目の前に同胞つまり本家の群れを発見した。

 ドッペルゲンガーとバレたら殺されるのだろうか。


『む? なんだお前、嗅いだ事の無い臭いだな。どこの群れだ』


 リーダーらしき、一番屈強な狼が話し掛けて来た。

 いや、口を動かしてないので話している訳では無い。

 これが、【以心伝心】と言う奴だろうか。

 自分の意思を相手に伝えるのか。

 狼語なんて分からないのに、言葉が分かると言う事は脳内変換もされると言う事。

 これは便利だ。

 少し理解度が上がった気がした。


『あ、⋯⋯と』


 上手く使えない。と、言うか体がムズムズする。

 何か体の形状が変わろうとしている気がする。

 もしかしたら、種族の中で一番強い個体の方に変身するのかもしれない。

 目の前の奴に体が変わりたいと、そう願っている。

 流石に我慢するが。


『野良か? それとも生まれたばかりか? まぁ良い。同胞だ。我が仲間に加えてやろう』


『あ、⋯⋯ます』


『礼も言えんのか。まぁ、それだけの価値を見せてくれたら文句は言わんがな。来い。朝の狩りの時間だ』


 群れが一斉に移動する。

 めっちゃ速い。どんどん距離が離され⋯⋯徐々に縮まって行く。


『お前、遅いな』


 近くの狼が言って来る。皆俺に合わせてスピードを落としてくれているようだ。

 その優しに涙が出るね。感情が動かないので涙なんて一ミリも流れないけど。


 それから全員が草むらに伏せる。

 獲物を見つけたらしい。

 獲物は二足歩行のうさぎ。正確には、後ろ足が異常に発達したうさぎだ。

 ゆっくりと動きを見ている。当然、俺も真似をする。


「ぎゅああああ!」


 紅い眼光を向けながら、うさぎが叫んだ。

 その時、群れ全体にボスの【以心伝心】が響いた。

 体が直感的に動く。心が、この群れの一員として染まって行く感覚がする。


『殺せぇ!』


 草むらから一斉に飛び立つ。

 数体が噛み付きに向かうが、足で蹴られ、更には下敷きにして、一瞬でうさぎは移動し、狼の背中を踵で落とす。

 地面を砕くその一撃は、狼を一撃で沈めるには十分だった。


『強すぎだろ』


【以心伝心】を何回も受けたお陰か、理解度がマックスになり、違和感無く使える様に成った。

 だが、長文過ぎると途切れるとも判明している。


『まさか亜種なのか』


『亜種?』


『時間が無い。気をつけろ。通常よりも強い個体だ』


 短く教えてくれてありがとう。

 亜種⋯⋯ゲームで言うレアモンスターか。それとも色違いモンスターか。

 だけど、強い事には変わりないと分かったので、気を引き締めて向かう。

 狼の攻撃方法は噛み付きか爪での引っ掻きだ。

 相手の機動力には遠く及ばない。しかも、相手には一瞬で移動出来るスキルがある。

 さらには、この場所は森。木々に囲まれている。

 相手はその木をも利用して来る。


『撤退!』


 ボスが吠え、苦渋の決断をした。

 それだけの強さをうさぎは秘めていた。

 その瞬間だった。背筋に嫌な感じがした。体が、動かない。

 怖い。あのうさぎがとてつもなく怖い。

 死という恐怖を体全体に染み込ませて来る。

 足が震え、体が震える。

 ボスがうさぎに向き直る。ボスだけが、動けた。


『すまない。我の判断ミスだ』


 ボスが最後に、そう言った。

 うさぎが前足を振るい、風の斬撃を放ち、ボスを殺した。

 全員体が動けない。一体、また一体とゆっくりと殺されて行く。

 じっくりと、ゆっくりと、殺しを楽しむ様に殺している。


 そして、運良く、正確には一番遅かったせいでうさぎから最も遠かった俺だけが生き残った。

 群れを、仲間を殺されて怒りを感じる場面だろう。

 だけど、たった数分の仲間だ。俺は狼じゃない。仲間の一人じゃない。


 そう、俺はドッペルゲンガーだ。


 肉体がボスに変わる。何故だか、今は考える暇も無いが、ボスのスキルが全て理解度マックスになった。


「わおおおおおお!」


【加速】を使って一気に接近する。相手の動きはもう見た。観察した。

 見て、相手の体に成れるドッペルゲンガーの観察力は並大抵のモノじゃない。

 一度見た攻撃は、くらわない。

 横にステップして背後から襲い掛かるうさぎの踵落としを回避する。


「ッ!」


『何驚いてんだよ』


 俺には戦いの技術がない。ボスのスキルを手にしても、技術がない。

 それ故に、倒せない。勝てない。

 先程よりも周囲の臭いを敏感に感じれる。

 しかし、この体では、この狼では、勝てない。


 相手の横蹴りに合わせて、変身体を変える。

 相手と同じ蹴りを合わせる。


「ッ!」


 何を驚いているのか分からない。俺はドッペルゲンガーだ。相手には分からないかもだがな。

 それに、これで分かった。

 確かにスキルはマネても結局は弱い。技術は相手の方が確実に上。

 だが、身体能力は同じだ。


 それから蹴りの撃ち合い、相手の風の刃と瞬間移動からの蹴りは的確に避ける。

 きちんと前ぶりが存在するから躱す事は出来る。

 蹴りの技術が上達して行く。相手の動きを真似して、自分の技術にしている。相手のスキルを一瞬のうちに確認した。


【威嚇】さっきの動きを封じたスキルだと思われる。しかし、同じレベルの相手には意味が無いらしい。相手の方が上なので、余計に意味が無い。


【縮地】足に力を込めて前進する感覚を出す。すると、自分の意識した場所に一瞬で移動出来る。しかし、短い距離に限る。


「ッ!」


【風斬り】前足を高速で振るう事で発動可能の攻撃スキル。風を固めて斬撃として相手に放てる。


 不意打ちを受けて深手を負ううさぎは逃げる判断をすぐさまする。

 しかし、それは俺が許さない。


 弱肉強食がこの場の摂理なら、俺は食う側に成れる。


 チーターに変身して、無尽蔵か、或いは多いのか、減る感覚の無い体力を活かしてすぐに追い付く。

 そのまま体が肥大化する。アフリカゾウ。現世では最大級の動物と呼ばれている。

 その皮と大きさ、それは普通に人を殺せる。

 そして、大きさが絶対的な力だ。


 俺はうさぎを前足で潰した。

 殺した瞬間に流れ込んで来る何かがある。

 もしかしたら、ドッペルゲンガーは変身元を殺す、或いはそいつが目に入る場所で死んだら、スキルを完全に奪えるのかもしれない。

 まだまだこの体の事が分からない。

 だけど、今は生きる事が最善だ。空腹には成らない。だから、うさぎと狼の死体は地面に埋める事にした。

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