街への期待①


 私は今、緊張とトキメキの板挟み状態でした。


 それはどんな気持ちかって? 一言では言い表せませんね!


 だって、庶民派な私がズラッと高級な布を並べられ、好きなだけ貴女の服を一から仕立てます、なんて言われたら緊張もするしトキメキもするでしょう!?


「ハナ様ったらすごく細いですわ! ちゃんと食べてますか?」

「それはもうたくさん食べてますよっ!」

「まぁ、では太りにくい体質なのでしょうか。羨ましいですわ! ささ、次はこちらなんていかがです? ハナ様のブルネットの髪に琥珀の瞳はどんな色のドレスでも似合いますし、とてもかわいらしいお顔立ちですから選択肢が多くて困りますわねぇ!」


 確かにこのどこにでもある髪と瞳の色は、何色の服を着てもおかしくはならないのでありがたいとは思っています。

 物は言いようですし、営業用の褒め言葉だとはわかっているのですが……。


 つい嬉しくなっちゃいますねーっ! やはり商売人は口がお上手です。お世辞とわかっているのに喜んじゃうのですよ。


 かわいらしいだなんて、そんな……! うふふ、エドウィン様のかわいらしさを見たら腰を抜かしますよぉ?


「どうです? どれかお好みの色はありますか?」


 ドレス職人のマダムがウキウキと生地の見本を見せてくれます。私もつられてウキウキしてしまいますね。

 そりゃあ、私だって普通の少女ですから。これまでだって服を買わなかっただけで、興味がないわけではないのですよ? 目の前に綺麗な生地を並べられたら嬉しくなるに決まっています。


 エドウィン様はいくらでも買って良いと言ってくださったらしいのですけれど……どれもこれも上等な布ですよね。さすがにわかります。

 うっ、庶民派男爵令嬢としては条件反射的に胃が痛くなってしまいますね……!


 ですが、昨晩ゾイに散々言い聞かせられたのですよね。上等な服を着られる立場の者が買わないと職人が泣くことになるのだ、と。

 なので、堂々と好きなものを好きなだけ選びなさい、と。


 わかってはいるのですよ。ただ身に沁みついた貧乏性がですね……!

 いえいえ、私はエドウィン様のお嫁さんになるのですからしっかり選ばなくては!


「どれもこれも素敵で迷ってしまいますね……!」

「うふふ! 嬉しいことを言ってくださるではないですか。気になる色を言ってくだされば、アドバイスもいたしますよ?」

「それは助かります!」


 服に興味はありますが、私にはセンスがなければ意味がありませんので。自分に似合う色とか形があるのでしょうが、サッパリわかりません!

 せっかく今は目の前にプロがいるのです。頼りましょう。


 よ、よし。では、気負わず目に留まったものを……あ、あれは。


「えっと、その。これ……」


 私が気になったのは淡いピンク色の生地でした。

 普段、こんなにかわいらしい色を身に着けることはありません。ちょっと子どもっぽくなっちゃいますしね。

 元々、幼く見られる顔立ちですのでむしろ避けてきた色です。


「こちらはとても愛らしい色ですから、全体に使うとなると甘くなりすぎるかもしれませんわ。その、少し子どもっぽく見えてしまうといいますか」


 マダムも当然そう感じたのでしょう、こちらに気を遣って言葉を選んでくれているようです。私は慌てて両手を軽く振りました。


「そ、それは私もわかっているんです! 特に私のような顔立ちだと余計に幼く見えてしまうだろうなって。で、でも、その」


 どうしても目についてしまったのです。これを見ていたら、大好きなあの方の顔が浮かんでしまったんですもん。


「え、エドウィン様の髪の色みたいで、す、素敵だな、って……」


 な、なんだか暑くなってきましたね! 今日はいい天気だからでしょうか!

 うぅ、私がエドウィン様を大好きなのは隠していませんが、改めて初対面の方に伝えるとなると恥ずかしいものですね。手で顔をパタパタ煽いでしまいます。


「あら……あらあらあらまぁまぁまぁ! そうでしたの! そうですわね! ああっ、良かった。ハナ様はちゃんと髑髏領主様をお慕いしていらっしゃいますのね!」


 マダムの喜びようがまた恥ずかしさを増しますね……!

 ええ、それはもうお慕いしていますとも! そこはエドウィン様の印象が良くなるためにもガンガン主張していきたいところです。顔は熱くなりますが。


 と、とにかく、今は生地選びの話でしたよね! 淡いピンクを選んだことが急に恥ずかしくなってしまったので別の色を選びましょうか!


「で、でも私には似合いませんよね! すみません、他の色を……」

「何をおっしゃいますか! そんなお話を聞いてしまってはこの色でハナ様に似合うドレスをデザインしないわけにはまいりません! 全て! わたくしに! お任せくださいませっ!」


 な、なんだかワガママを言ったみたいになっちゃいましたよ!? そんなつもりはありませんからね!?

 でも、私を置いてマダムは一人で盛り上がっています。ここに口を挟むのも躊躇われますね……。


「諦めな。こうなったマダムは止まらないよ。それより、もっと他にもたくさん選びな。ドレスの他に普段着用、街歩き用、それぞれ少なくとも五着ずつは作ってもらうんだ」

「五着ずつ!? そんなにたくさんどうするんですかっ!」

「ハナ様が着るに決まってんだろう。何言ってんだい。これでもまだまだ少ない方だよっ!」


 五着しかない、と言われてもかなり多いという感覚は抜けません。

 用途によって着替えることを考えればそうなのかもしれませんが、一日で何度も着替えることがある、というのも別世界すぎてですね……。こ、これが上流貴族の常識なんですかぁ?


 ふぅ、常識なのでしょうね。そうです、否定してはいけません。私はギャレック夫人になるのですから、少しずつ覚えていかないと。


 こうして、この日は半日以上の時間をかけて全部で二十着の服を注文したのでした。め、目が回りそうっ!

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