恋は意外に突然に②
さて、落ち着いて考えをまとめてみましょう。
数々の女性たちが耐えられなかったのも、ほぼギャレック辺境伯様の魔力圧が原因ではないかと言われています。
それならば魔法が効かない私であればきっと耐えられるのではないか、と考えたのだそうです。
「希望を持たれるのはわかりますが、あまりそこだけに頼られてもちょっとぉ……」
プレッシャーがやばいです。
だって魔力圧がなくても見た目やオーラがとても怖いらしいじゃないですか。というか、原因がわかっているのなら対策をして対面すれば克服出来たはずでは? ええ、お父様に問い詰めましたとも!
ところがどっこい!
なんと魔法無効化の術をかけても、魔道具を使っても、薬を使っても、それ以上にギャレック辺境伯様の魔力圧の方が強すぎて効果がなかったんですって!
もう、なんですかそれ! ハイスペックの無駄遣いじゃないですか!? っていうかなんで魔法圧なんか放つんですか、婚約者相手にっ!
さすがにこれは心の中だけで叫びましたので伝えませんでしたが。
だってそんなこと、お父様に文句を言ったって仕方ありませんからね。お父様こそ胃に穴が開くほどのプレッシャーを感じているに違いないのに、私が責め立ててはかわいそうではないですか。ずっと黙っていたことは許しませんけどね。
「いくら私が生まれつき魔法が効かない体質といっても……本当に耐えられるのでしょうか」
あらゆる魔道具や予防策も通用しなかったのでしょう? 私なんか体質が一体どの程度通用するんですかって話ですよ! ……ものすごく不安です。ガクブルです。
父も母も、嫌なら断っていいと言ってくれましたが、そういうわけにはいかないことくらい私にだってわかっています。
だって、ここまで育ててくれたんですもの。衣服は着回しですし、買い物に行けばいかに安く仕入れるかを考えましたし、毎日休みなく働いていた名前だけ貴族ですが、何不自由なく暮らせていたのも両親のおかげです。私だって少しは親孝行をしたいって思います。
私が嫁げば、お父様とお母様に少しでも楽な生活をさせてあげられます。だって、婚姻を結んだならウォルターズ家に多額の援助をしてくれるって言うんですもの。
やらしい話ですけどね、お金は大事です。身売りだとか噂されそうな気もしますが、構ってなどいられませんし。噂する人たちが助けてくれるわけでもありませんし。
それに、実は結婚することに関してはまんざらでもないと思っているのですよ。だってこのままいくと私、生涯独身でしょうから。
「恋より仕事で忙しかったし……花嫁姿を見せられる最初で最後のチャンスですよね!」
そうです、前向きに捉えましょう。怖い怖いと思っていたら、良い方に進むものも進みません。
良い方に行くかはさておき!
ああ、そろそろでしょうか、ギャレック辺境伯様がいらっしゃるのは。
本来なら出迎えるためにたくさんの準備をしなければならないところなのでしょうが、先方からは普段通りで構わないと言われているのだとか。
無理を言って押しかけるのはこちらだから、と。むしろ店の邪魔をすることになって申し訳ないと謝罪の言葉まで書かれていたのだそうです。
やはり、本当はとても丁寧でお優しい方なのかもしれません。……周囲に言われて仕方なく、の可能性も大いにありますが。
「ハナ様、そろそろいらっしゃるようですよ! は、早く玄関ホールへ! ああ、どうしましょう。おち、落ち着いてくださいね!」
「パメラ、貴女こそ落ち着いて?」
私以上にパニックに陥っている我が家唯一の使用人、パメラが声をかけてくれます。自分よりも慌てている人を見ると冷静になれますね。ありがとう、パメラ。
そんな彼女ですが、私をそれなりのお嬢様に見えるよう綺麗に着飾る技術はお見事なのですよ?
そばかすの浮かぶ日に焼けた肌も綺麗に整え、癖のある傷んだ髪を綺麗に纏めてくれて。
おかげで私はどこにでもいそうな小娘から、どこかにいそうなご令嬢に大変身!
髪の色はブルネット、瞳は琥珀色。平凡な顔立ちですが化粧映えはしてくれたかもしれません。
いつもの三つ編みでいくわけにもいきませんでしたし、とても助かりました。
さぁ、いよいよ椅子から立ち上がり、パメラを引き連れて移動を開始します。
玄関ホールにはすでに父と母が待機していました。二人もなかなかの顔色をしていますね。青白い……。
ま、私も似たようなものでしょうけどね。ああ、心臓が口から飛び出てしまいそう!
「ぎゃ、ギャレック辺境伯様がお越しです……!」
我が家のもう一人いる使用人である年配執事のアルバートが震える声で言いました。
やめて、そういう恐怖を煽る演出。心拍数がさらに上がって、自分の鼓動が聞こえてくるほどです。
ええい、やるなら一思いにやってちょうだい!
私は極度の緊張により半ばやけになって叫びました。心の中で。
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