第EX4葬式 下




「……観自在菩薩行深かんじーざいぼーさつ、ぎょうしん般若波羅蜜多はんにゃーはらーみったー時照見五蘊皆空じーしょうけんごーうんかいくう……」


 数人の坊主の読経と木魚もくぎょをポクポクと叩く、音を聞きながら俺達、【 showdownショーダウンconcertコンセールト】のメンバー中村、岡本、荒井、坂本、中田と新メンバーでDR《ドラム》の三浦は、なけなしの金を叩いて買った黒い礼服に身を包み。

 ギシギシと音を立てて軋む。パイプ椅子に腰かけていた。

 棺とその奥にある献花台のような場所には、故人の遺影が飾られている。


 満面の笑みを浮かべたアイツを見たのは、いつ以来だろうか? 少なくともここ半年はアイツの笑った顔なんて見ていない。

 

般若心経はんにゃしんぎょうか……」




 アイツはサブカル系全般に博学で兎に角、歴史と神話が好きだった。

俺がとある英霊を召喚し人類滅亡の未来に抗うソーシャルゲームをしていた時の事だった。


三蔵法師玄奘さんぞうほうしげんしょうか……渋いな」


「あぁ西遊記の……」


「そうそう、中国の四大奇書よんだいきしょの一つ。彼は西遊記のモデルになった人物で、唐の時代の太祖、李世民りせいみんに提出した世情が記された全12冊の旅行記『大唐西域記だいとうさいいきき』、西遊記はコレを元に創作された小説・神話なんだ。

 三蔵法師は正しい仏陀ぶっだ。ゴータマ・シッダールタの教えを広めるべく、天竺てんじく……インドでは既に廃れた仏陀の説教・説法の書かれた書を取りに行ったんだ。その際持ち帰ったのが……般若心経はんにゃしんぎょうなんだよ」


「授業で習ったような……習わなかったような……」


「特撮ヒーローでもあったじゃん」


「え、何それ?」


「レイン〇ーマンのオープニングで提婆達多だいばだったのー♪ ってあるんだよ」


「いつの特撮だよ」


「月光〇面の次だから……1972、3年?」


「古すぎるだろ……」


「何で知ってるんだよwww」


「昔特撮が好きだったんだよ。今は全然みてないけど」


 アイツは少しズレた所はあったけど、悪い奴ではなかったし面白い奴だった。

 アイツを殺したのは俺達だ。

 確かにアイツは音を外すし、下手だったかもしれないけど……誰よりも楽しそうに、嬉しそうにスティクを握りしめて叩いていた。

 ライブハウスの空気を、観客を盛り上げているように見えるのは、ヴォーカル《VO》の中村だが、その下地になる雰囲気を作っていたのは、ずっと笑顔でドラムを叩いていたアイツだった。

 そんなアイツを直接追い詰めたのは、ヴォーカル《VO》の中村だがその決定に異を唱えなかった俺達は、否。俺は同罪だ。

 そんな事を考えていると、般若心経は終わりまじかになる。


羯諦ぎゃてー羯諦ぎゃてー波羅羯諦はらーぎゃてー波羅僧羯諦はらそうぎゃてー菩提薩婆訶ぼーじーそわかー般若心経はんにゃぁーしん、ぎょうー


 読経が終わると、金属製の大きな椀のような物を叩く。

 ゴーンと言う銅鑼どらのような音が鳴る。数珠を擦り合わせ、服の袖の中で印を結びながら「オンサンマヤサトバン、オンサンマヤサトバン、オンサンマヤサトバン」と何度も唱え数珠を擦り合わせる音が聞こえる。


 読経が終わり僧侶がまず焼香台で香木の破片を掴み炭の上に乗せる。ムクムクと煙が立ち上がり、たちまち何とも言えない匂いが会場を包む。喪主、近親者となり続いて俺達の番が来る。


 ヴォーカルVOの中村と新メンバーの三浦だけが不満そうだが、俺、岡本、荒井、中田には不満はないと思っている。皆付き合いが長く確かにメジャーデビューに冷や水をかけられたと言う思いがない訳ではないが、俺はそれよりも罪悪感で一杯だった。


 喪主と僧侶に深く、深く一礼をして、抹香まっこうを親指と人差し指と中指の三本で摘まみ。額におしいただき三度に分けて、抹香を香炉の炭の上にくべ合掌し、喪主に再び一礼をして席に着く。

 

 時期のせいか、ビニール製のケツと背中の部分がヒンヤリと冷たく身震いしてしまう。

 俺が出来る事はお前の事を想い。罪を背負って生きていく事だけだ。メジャーの舞台で、いつかお前の遺影でも飾りながらライブMCで笑って話せるようになりたい。

 坂本はそう決意して葬儀を終えた。




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