第15話タルト・タタン




「……それでは、タルトやパイなどは如何でしょう? ナッツと林檎を蜂蜜に漬けたものが、今ここにあるのでそれを使えば、リンゴの爽やかな香りに蜂蜜の甘さと香り、それにナッツの触感もパイやタルトに加わって美味しいですよ」


 前世で食べた地元の洋菓子店のタルトやアップルパイが、もの凄く美味しかったことを思い出した。


「じゃぁそれにします」


「分かりました。先ず型にバターを塗り小麦粉を軽く叩いて、常温になったバターと砂糖を良く混ぜます」


 道具を用意しながら、パン職人ベイカーは丁寧に工程を教えてくれる。


「結構時間かかる感じですか?」


 正直言ってお菓子を作るのは面倒だ。

 俺は美味しいお菓子が食べたいのであって、お菓子を作りたい訳じゃない。

 菓子職人コンフィクショナーパン職人ベイカーが初めから作ってくれるのなら、こんな手間のかかる事を自分でやろうとは思わない。


「えぇ大変ですよ?」


 やっぱりミキサーや、電気式の泡だて器の無いこの世界では、お菓子作りやパン作りと言うのは、中々に重労働らしい。


「……」


 面倒だな。かと言って、WEB小説で見るような緻密な魔法の操作は、今の俺には出来ない。

 何故なら今の俺は魔力と言う水を放出する時に、加減して放出する事が出来ず。スヴェータの友人の魔法使い基準で約400倍の莫大な魔力量を制御できずにいるので、小規模な魔法を使う事を苦手としているのだ。


「スヴェータこのボールの中に風魔法出して」


「はぁ……別にいいけど、そのまま風魔法を使うと飛び散るから蓋をするわね」


 スヴェータは仕方ないと言った表情で、バターと砂糖の入ったボールを受け取ると蓋をして、風魔法を発動させる。


 ガガガ――――


 まるでフードプロセッサーを回しているような音が室内に鳴り響く。 

 詠唱をしていない所を見ると、かなり得意な魔法のようだ。


「魔法って目視で狙いを定めているから、見えない場所に魔法を発動させるのって大変なのよ?」


へーそうなんだ。初めて知った。


 詠唱の役割は、魔力を使って【生成】→【サイズ設定】→【形状設定】→【射出速度設定】→【発動】の過程プロセスを呪文を詠唱する事で半自動化したモノだと思っている。

 無詠唱や短縮詠唱が高度な技術なのは、カラダがその設定を覚える事が難しいからではないだろうか? と思っている。

 確かに飛ばすタイプなら照準を定めるのは術者だが、シャルティーナが使った【土杭アースピアース】には【座標設定】があるのだろう、だから目視に近い精度の情報が必要なのだろう。


「へー、そうなんだ。じゃぁこの卵黄も入れて」


 俺はそう言って卵黄の入った小皿を渡す。当然あの焼いても生でもぶにっとした。ゲル状の感触が気持ち悪いカラザは取り除いた。


「ちょっと私の扱いが酷くない? 確かに私の指導が悪いせいか、小魔法を使えるようにはなってないけどさぁ~~普通魔法って、大きいモノ出せた方が嬉しくない?」


ガガガ――――


「実践じゃぁそんな長々と詠唱してられないでしょ? 

小回りの利く魔法の方が使い勝手いいからそっちの方が嬉しい」 


ガガガ――――


「全く子供らしくない考え方ね。

公爵家なら対人より大軍に焦点を当てなさいよ……」


「はいはい。お説教は授業の時にでも……」


 俺はそう言ってスヴェータが混ぜてくれた卵液の入ったボウルを受け取り、そこに薄力粉を入れて纏めると「1時間ほどそのまま冷暗所に置いておく」との事らしい。

 その間にオーブンを予熱しておきその脇で、ナッツと林檎を蜂蜜に漬けたもの良く炒めて、タルトの上部の部分を作る。

 

 少し焼く事で林檎がより甘く柔らかくなるんだよなぁ……


 そんな事を考えながら焼いていると、香ばしいカラメルソースの匂いがしてきた。


「ユーサー様! 焼き過ぎです焦げてしまっていますよ!」


 やべ! 何とかリカバリーしないと……


「これで良いんだ。食べてみろ」


 そう言って小皿にカラメルと林檎を乗せる。その間にフライパンを火からおろす。


「旨い! 何と香ばしい香りだ。それに焼く事で林檎も甘く柔らかくなっている……それにナッツの硬さがいいアクセントになっている……まさかコレを狙って……」


「ふふふふふ」


 俺は含み笑いをして誤魔化す事にした。

 良かった。タルトからタルト・タタンに変更できる範囲で……

 織田信〇の野望昔見たアニメで、主人公と主人公に難癖をつけて来た少女。明智光秀とたこ焼き勝負をしていたシーンで、主人公の少年が急遽揚げたこ焼きに変更したのを思い出して、何とか乗り越える事が出来そうだ。

 

 タルト・タタンとは、19世紀後半のフランス ロワール=エ=シェール県にあるホテル『タタン』のステファニーとカロリーヌのタタン姉妹がある日伝統的なアップルパイを作りっていた所、リンゴをバターと砂糖で炒めていた所、長く炒めすぎて焦げるような匂いがしてきたので、失敗を何とか取り返そうと、リンゴの入ったフライパンの上にタルト生地をのせ、そのままフライパンごとオーブンへ入れ、焼けた頃にフライパンを出してひっくり返してみると、ホテルの客に出しても良いようなデザートができあがっていた。

 これが周辺地域に広まり、ある日レストラン経営者の男性ルイ・ヴォーダブルがタルト・タタンを食べ、あまりの美味しさに彼の超高級レストラン『マキシム』のメニューに加えたため、タルト・タタンは世界に広まることとなった。

 ――――とされており現在では、洋梨、桃、パイナップルなど林檎以外の果実も使われており、俺も近所のパン屋や洋菓子屋で好きで食べていた。


 果物は水分を飛ばした方が、より強く甘味を強く感じるようになる。焼き芋やドライフルーツと同じ原理だ。

 今回の砂糖の少ないお菓子と言う、テーマにマッチしていると思う。




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