第6話 氷河スキー(ヘリスキー)

 4月になった。日本を出発してから既に1か月半が経過していた。

 サンシャイン・スキー場、レイクルイーズ・スキー場、それにバンフの街中とも寒さは緩み、春の雰囲気が垣間見える。


 そんな中、この旅のハイライトの一つであったヘリスキーに、ヒロと2人で行くことが決まった。3月に一度現地まで一緒に行ったことがあったが、雪質が悪く急遽中止になっていた。今度こそ滑れますように…と天にお祈りした成果があり、どうやら天気は大丈夫のようだ。


 バンフから車で1時間のGoldenという小さな町迄行き、そこからヘリコプターだ。運営会社の用意した四輪駆動車で現地までツアー客全員で移動する。

 ジャンボ機には、日本で何度も乗った事はあるが小型飛行機は勿論、ヘリコプターに乗るのも初めての経験であった。飛行機に乗るのは何となく少し怖いがヘリコプターはホバリングができる精かあまり怖さは感じない。スキー場でのゴンドラやリフトの乗車経験がある精かも、とも思うが。

 コースは氷河に覆われている。その表面に厚く新雪が降り積もり深雪となっている。そこを滑走するのだ。

 基本コースは午前中に一本、午後から場所を移動してもう一本。場合によってはオプションをもう一本という設定のようだ。

 まだこの頃はパラレルが真似事程度にしかできないぐらいだったので、とても一人では参加できない。積雪は氷河の上1mぐらいであろうか。ヘリコプターを降り、殆ど聞き取れない英語の説明を聞いた後、一番最後にスタートする。

 斜度はそれ程でもなかったので何とか滑ることはできたが、とても楽しめるレベルではなかった。他のスキーヤーについて行くのが精いっぱいといったところ。

 途中、一度転んだ時、ビンディングが少し緩んでしまいヒロと2人で往生してたら、親切なスイス人の紳士に助けられた。手持ちの道具でビンディングを締め直してくれたのだ。

 スキーガイドでなくても、不慮の事故に備えて最低限の準備をしているようだ。見習わなけりゃあ。

 ”深雪”、”新雪”、”親切”と、”しんせつ”の三重奏。


 一本目が終わり再びヘリコプターで移動する時、氷河の上からの景色を堪能したかったが足が痛くて楽しむ余裕がなかったのが残念。少々重めの深雪に技術がついていけなかった精だ。


 午後からはオプションも入れて二本滑った。午前よりは滑り易かった。日本でまだ経験した事のない深雪に少しは慣れてきたようだ。酷い転び方はしなかったものの、スキー板の先端を深雪に突っ込んでしまい、いやいや転ぶ事も何度かあった。

 そんな何度目かの転倒の後、スキー板を引き戻しスキー靴に付いた雪を掃っていたら、後ろにいた外人さんが私を見ながら「ブラッディ」とか言っていた。ヒロがすぐに駈けつけてくれて、「血が出てるよ」と教えてくれた。手の甲で鼻を押さえてみるとそれらしき赤色が見られ、"Bloody" と言ってくれたんだと分った。余裕がなく謝意を示したかは覚えていない。


 こんな感じで初めてのヘリスキーは堪能したと言うより、無事に終わってホッとしたという感じかな。貴重な経験をした事だけは間違いない。日本では決して味わえない贅沢な経験であった。


 バンフへの帰りにスキーガイドの馴染みの山小屋風の喫茶店に寄り道した。ガイドとスキー客は話が弾んで楽しそうであるが、自分一人蚊帳の外。ちょっと寂しい。


 一つだけはっきりと聞き取れた英語がこれ。リーダーらしきガイドが私に一瞥して、他のよく日焼けしたガイドに言ったこの一言。

 "Are you a Japanese? Same Color"


 この頃の私は、カナダに来て既に50日経っており、連日のスキー三昧で顔は真っ黒に日焼けしていた。


 何はともあれ、今回の旅のハイライトの一つは無事終わった。

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