第12話

やっと貴方に会えた。

 あの日、私は貴方に命を救われ、夢という生きる意味を与えて貰った。


♢♢♢♢


「ああ゙ぁあ゙ぁー!おいっ! どうしてっ!?」

「逃げ、て、く、ださ……」


 もうどう後悔しても遅い。目の前の血溜まりには私を庇って刺客に斬られた護衛騎士と云う名の初めての友人が倒れている。


 今日は目の前に倒れている友人が私がもうすぐ魔力測定を受けることに怯み、気落ちしていることに憂慮し気晴らしのために城下にお忍びで遊びに来ていた。

 屋台で珍しい食べ物を初めて歩きながらたべたり、路上で道化師達のパフォーマンスを観覧した。

 今迄こんなに楽しい事があったのか……、と私は世界が色を付けて塗り替えられるようだった。


 そんな楽しい時間は突然、終わりを告げた。

 そうだった。忘れてはいけなかったのだ。

 私の不安定な立場。無能な私の立場に成り代わろうと狙う奴等などゴマンといることに。


 突然、私の手を握り駆け出す彼に付いていき、周りの人間を巻き込まないように、人混みの隙間を縫うように逃げていく。

然し、そんなことは相手もお見通しでいつの間にか人気の少ない場所に誘い込まれていた。

 バタバタと足音が集まると下品な相貌をした賊共に周り囲まれていた。

 彼は私を背中に隠しながら刷いた剣に手を掛けた。

 前から駆け出してきた賊共が、雄叫びをあげながら大きく振りかぶる。ガキッンと剣が合わさる派手な音が鳴り響く。


 多勢に無勢だ。彼は騎士団の中でも上位に入る程の実力とは伝え聞いていた。しかし、小さな無様に震えるしかない私を背に庇いながらの戦闘。綻びも現れ始める。


 彼の背に隠されていた私の腕を引っ張り、引きずり出す。地面に手を付き転んだ私が見上げた瞬間、賊が剣を振り上げる動作が、やけにゆっくりと見え瞳に焼き付く。

 恐怖で思わずきつく目を瞑る。


「がっ、ぐぁ、」

 苦しげな呻き声が耳に届き、鮮血が目の前で散り頬に当たる。生温かで鉄の錆びた様な匂い。

 目の前にいつの間にか立っていた彼の肩と首が斬りつけられる。


 多数の剣が振り払われると血を吹き出しながら地面に倒れ込む彼。


 駆け寄って彼に声を掛けるが、徐々に体温を失っていく身体、それといつの間にか斬られていた腹部の大きな傷からは大量に出血し周りに拡がる血溜まり。

 苦しそうにヒューヒュー言いながら顎を必死に動かしながら呼吸をする彼は先程まで自分に軽口をたたいていたのに。

 もう意識が朦朧として殆ど目も見えていないだろうに手を必死に縋るように伸ばす手を握り返す。それでもその手は握り返す力も弱々しくゾッとするほど冷たい。


 あぁ、誰でも良い。

 彼だけは助けてくれ!私はどうせ出来損ないの人間だ。でも彼は私のような出来損ないの人間にも敬意を払い、対等に扱ってくれた唯一の存在なんだ。

 彼がいたから私はこれまで⸺


「わぁぁ!! 大丈夫じゃないね?!しかも、悪者にやられた感じだっ!」

「お嬢。見ればわかるくらいに、彼等は危機的状況ですよ。とりあえず、どうしますか?」

「助ける1択でしょっ!ギル、とりあえず、おろしてからすぐ飛んで!」

「はーい……」


 賊と私達の間に空から降り立ったように突然出現した、場違いな程にのんびりした口調で話す少年とその少年に横抱きをされている少女。

 突然現れた二人に賊達もポカンとした顔をしながら二人の様子を静かに窺っている。


 少年が少女を地面にゆっくりと丁寧に降ろし、少女は事も無げに叫ぶ。声と同時に少年はかなり高く跳躍をする。


「絶対凍土、全開」


 瞬く間に少女の背中から向こう1面が氷の海にのまれた。賊共の腰まで氷漬けにされている。


「お嬢~! 町中なので自重してくださいよ~。これ、この後どうするんですかぁ?」

「まぁ、ゴリ押しでどうにかなるでしょっ?!もう、ギルはさっさとそこの悪者をお願いねっ!」

「はーい」


 くるりと身を翻した少女が私達に駆け寄り彼の身体に触れ、呟く。


「回復⸺」


 キラキラ煌めく金色の光が降り注ぐ。やがて金色の膜となり私達二人の身体を包み込んだ。

 光に包まれた彼の身体の傷がみるみる塞がれていく。それと同時に血溜まりもおさまる。

 でも彼の顔色はまだ蒼白く、呼吸も浅い。


「えっ?!何で?!はっ!毒か!」

「解毒」


 慌てた少女は独り言をぶつくさ言うとまた呟き、また私達の身体が光に包まれた。その後彼の呼吸も落ち着き、顔色も幾分か良くなり私が握っていた手にも温もりが戻った。

 ぱちぱちと瞬きを繰り返し、私は先程降ってきた零れ落ちる光を掬うように手の平を握ったり開いたりし、私は目の前で起きた奇跡のような出来事に言葉を失っていた。


「ねぇ、貴方は大丈夫?」


 突然少女に声を掛けられ、慌てて顔を挙げ視線を向ける。

 澄んだ晴れ渡る空の様な綺麗な瞳に気遣うように優しく見つめられていた。

 その瞳の真っ直ぐさや美しさにまともに声も出せず、ただ首をコクコクと縦に降ることしか出来ない私。少女はほっとしたように胸を撫で下ろすと、私の頬に付いた返り血をハンカチで拭う。


「良かった。こんなに可愛い子のお顔に傷が残ったら大変だよね。あっ!でも大丈夫だよ!私達が悪者から助けてあげるから、ちょっとそこでお兄さんと待っててね!」


 ふわりと花が咲きほころぶ様に笑いながら少女は私に「手でも拭いて」とハンカチを手渡しそのまま立ち上がり、賊達のいる方へと駆け出して行く。

 私は呆然とハンカチを受け取った姿勢のまま、茶色の髪が靡く少女の背中を見送った。


「あぁ! ギルっ!やり過ぎだよー!!」

「えぇ~? お嬢?こいつら斬りかかってきたんですよ?」

「それでも、殺したらダメ!!」 


 少年が氷の海の上を滑るように華麗に舞踊りながら、賊の喉笛を淡々と表情も変えず手に持った短剣で切り裂いて行き、大量の鮮血が氷の海を染め上げていた。

 少年は少女に叱られ、不満気に口を尖らせる。

 少女は呆れたように肩を竦めると、唯一少年の攻撃を逃れた1人の賊に近付いて行く。


「お願いだあぁー!!!だずげでぐでぇー」


 賊が必死に小さな少女らに命乞いする姿を見て、私はやっと助かったと安堵したと共に、すーと頭が冷えていく感覚がした。

 こんな奴等にまで怯えなくてはいけない今の何も無い自分に、心底嫌気がさす。少年や少女の様な対抗する力が無いと私はずっとこんなくだらない奴等に怯え続けるのか?


 悔しい。自身の愚かさをまざまざと見せつけられるように同じ年齢程の少年や少女がここまで勇敢に戦う力を持っているんだ。


 私はもっと強くなる。


 今日の屈辱とこの胸の底からたぎる想いを私は決して忘れない。

 私は少女の先程見た眩しくて見惚れた笑顔に誓った。


「うるさい。」|

 少女は呟くと賊の顔周りに水が集まり、賊の顔を円球上の水が覆う。

 暫くすると賊は白目を剥き大人しくなった。


「お嬢のほうがエグく無いですか?」

「だってうるさかったんだもん。死んでは無いから……、たぶん」


 何とも言えないような空気が二人の間に流れ始めた時、周りが騒がしくなり始める。町の誰かが衛兵に連絡してくれたらしい。


「あっ! ヤバイ!」

「はぁ、もう行きますよ!」


 少年は少女を横抱きにすると、脅威の脚力で一気に建物の屋根に飛びそのまま屋根から屋根に飛び移りながら去って行った。

 私はまた日暮れにかかった西日に照らされた鮮やかな赤い髪が揺れて行く背中を見送った。


 その後、私は一心不乱に剣術の鍛錬に励み、実力で騎士科に入学できるまでなる。

 憂慮していた魔力測定では前代未聞の「氷」「土」の2つの属性への適正が判明する。そのお陰で、有力な後ろ盾の無い「第一王子」という立場から『王太子』という立場に変化した。


 あの日、ルーナさんとギルバートに出会わなければ今日の私は居ない。


 愛しいルーナさん?ゴリ押しで何とかなるんですよね?私も、貴方との結婚をゴリ押しで進めさせていただきますね?

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