第6話
「はぁ。どうしたんだろう……、私。こんなに悩んだことなんて無かったのに……」
先日無事に初めての『魔物討伐実習』が終了したルーナ。何とか極厚の猫かぶりをし、なるべくイザベルを刺激しないように後方支援に徹したため扇子は飛んで来なかった。
しかし、先日の実習でギルバートとベルンハルトの戦闘時の姿が瞼の裏に浮かんでは消えていく。
あの、戦闘中に2人が視線を絡ませたり、戦闘終了後に腕を合わせ合う姿をルーナは目が離せなかった。
ギルバートやベルンハルト単体では無く、2人が仲睦まじい様子を魅せると胸の奥がきゅうっと熱くなるルーナ。
ルーナは前世、腐った世界の住人だ。
現実、頭を悩ませているのは右、左の掛け算についてだ。どちらを右にするのかという人生の「命題」に迷っている。
そんな悩ましげに教室の机に頬杖をつくルーナをクラスメイトが気遣わしげにチラチラ視線を集めている。
ルーナは中身は脳筋だが、可憐な容姿をしており人目を惹く。魔法の実技の成績も良くそれを鼻に掛けることもなく、控えめな性格の猫かぶりをしているため『魔法科』では絶大な人気だ。
そのためイザベルにとって、下位貴族令嬢であるけれども、殿下の婚約者候補として無視は出来ない存在なのだ。
気付かないのは本人のみだ。彼女の脳内は今掛け算のシミュレーションで忙しい。
「ルーナ様?大層悩んでらっしゃいますけど、どうかされましたか?」
何時ものルーナと様子がかなり違うため心配そうに顔を覗き込むイレーネ。
イレーネに気付いたルーナは「大人しめ令嬢の微笑み2」
を浮かべ口を開く。
「いえ、ただの気鬱ですので……、イレーネ様、ご心配していただきありがとうございます」
「それなら……、良いのですが……」
はっと見惚れ、息を呑んだイレーネは表情を曇らせたまま、そっとルーナの耳元に唇を寄せる。
「何?恋煩いとかなの?お相手はあのギルバート様?それとも王太子殿下?」
「えぇ?違うよ!ただ、人生をかけた……、掛け算についてかな……」
小声で2人は顔を近づけ話し合う。ルーナは腐った世界についてイレーネに話す訳にはいかないため言葉を濁す。
ギルバートは『騎士科』主席と云うことや見上げる長身と程よく筋肉を纏った引き締まった体躯。その上に鎮座するご尊顔は甘い垂れ目の翡翠の瞳が魅力的とご令嬢から評判をいただく、婚活令嬢人気主席男子となっていた。
王太子であるベルンハルトも見上げる程に長身で細身でありながら『騎士科』次席という実力もある。また、青みがかった銀髪を緩く一つに束ね、常にその端正な美貌に柔和な笑顔を浮かべ、性格も気難しいことも無く気さくな為婚活令嬢からの熱烈な支持を受けている。
しかし女性というのは自身の将来を左右する結婚に対しては酷く合理的かつ現実的な面がある。
王族のお嫁さんはちょっと役が勝ちすぎるという評価が下され、その面が強く働き婚活令嬢人気も次席である。
そんな魅力的な2人と『魔物討伐実習』に参加したルーナはそう言う意味でも皆の視線を集めているのである。
だがルーナはそこそこの玉の輿狙いのため2人ともは眼中に無い。むしろその2人が結婚すれば良いとさえ思っているくらいだ。
「はぁ?」
「ふふっ!イレーネは知らなくても良い世界の話!」
そんなルーナにイレーネが素っ頓狂な声を上げ、そんなイレーネの姿が可笑しくて、ついコロコロ鈴を転がすように笑ったルーナ。
そんな何時ものルーナとイレーネの仲睦まじい様子にクラスメイトがほっと安堵し頬を染める。
「てぇてぇなぁ……」
クラスメイトの誰かが惚けた様にぽつりと呟き。知らず知らずクラスメイトの皆は首を縦に振る。
そんな初夏の爽やかな日射しが射し込む『魔法科』1年生クラスは今日も平和だ。
扇子をはためかせ、お上品な会話を嗜む極一部を除き。
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