第5話

「大丈夫だ。まだ俺達2人だけだ……」


ギルバートはベルンハルトに慣れた様子で返答する。

ルーナはベルンハルトの顔を見やるとギルバートから距離をあけ、すっと視線を伏せ、制服のスカートの裾を摘み礼をする。


「それはよかった!今日は早かったね。ギルバートと……」


ギルバートと親しげに呼び捨てにし、ベルンハルトはルーナに視線を向ける。

ルーナはベルンハルトの視線から自己紹介の了承が得られたと理解し、極厚の猫をかぶり王族に対する正式な挨拶を頭の隅から何とか引っ張りだし、すぅっと小さく息を吸うと口を開く。

スカートを掴む手が震え、伏せた顔色が青いのはルーナが初めて王族と合う為だ。

貧乏伯爵家のルーナが王族と直接会話をする機会なんて一生無いと思っていたため、過度の緊張によるものだ。


「『魔法科』1年ルーナ・ヘルゲンと申します。王太子殿下には――」


「あぁ。楽にして?同じ学生じゃないか。イザベルも良いよね?」


ベルンハルトは緩く首をふりながら、眉をさげた表情で幼馴染のイザベルにも確認する。


「はい。殿下がそうおっしゃるなら……。私からは何も異論はございません」


イザベルもいつの間にか持っていた扇子を口元に持っていき是の意を唱える。

扇子は彼女にとって眼鏡ユーザーと同等の意味を持ち、もはや身体の一部であり本体だ。


「じゃあ、そういう事なら。俺は『騎士科』1年ギルバート・レクラムだ。得意なのは長剣。魔法属性は火属性だ。どうぞよろしくな!」


ギルバートが空気を変えるように率先してグループメンバー全員に自己紹介をし、その後はベルンハルト、イザベル、ルーナの順に自己紹介をすることとなった。


ルーナはギルバートぐっじょぶ!と心の中で親指を立てた。大人しめ令嬢は公にサムズアップはしないらしい。


「次は私だね。『騎士科』1年、名はベルンハルト・グライスナー。

得意なのは長剣、魔法属性は氷と土かな。どちらかというと氷魔法の方が得意かな。

私の身分のこともあり気を遣わせることがあるかも知れないが、気にしないでくれ……」

ベルンハルトは微笑みながらスラスラと答え、最後に皆と1度ずつしっかりと視線を合わせる。

そして言葉を区切り、一拍間を置くと青みがかった銀髪を揺らし、菫色の双眸に強い意志を滲ませながら笑みを深め、「これから皆で一緒に頑張ろうっ!」と力強く言い切った。


ルーナはその姿に王族のパフォーマンス力凄いっ!!と感嘆し、瞳をキラキラ煌めかせた。自己紹介のトリを飾るルーナのハードルが上がりにあがった。

ギルバートはそんなルーナにまた変な事考えているんだろうなと呆れた視線を送る。

イザベルはそんなベルンハルトを熱の篭った瞳で見つめ、頬をバラ色に染め扇子で拍手をした。イザベルの扇子のパフォーマンス力も凄い。


次にイザベルは扇子をバッと勢い良く開くと口を開く。


「『魔法科』1年主席、イザベル・フォートリアですわ。魔法属性は風。風魔法で弓を創り出して射るのが得意です!殿下と御一緒に参加できるのを楽しみにしておりました!」


イザベルは、チラリとルーナを睥睨し大きな胸を張り、クワッと大きな藍色の瞳を見開き言い切った。

ギルバートはあからさま過ぎる態度に思わす辟易し、閉口した。

熱烈なアピールをされたベルンハルトは意図の読めない微笑みを浮かべている。

因みにルーナは無意識に自分の胸元にスっと視線を落とし、モヤモヤしたモノを胸に抱いた。しかし、直ぐに気持ちを切り替え、大人しめ令嬢の猫かぶりをする。


「『魔法科』1年。ルーナ・ヘルゲンにございます。魔法属性は光。得意な魔法は治癒と強化魔法です。

戦闘時には後方からの支援に徹します。ご迷惑おかけせぬよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします」


王太子殿下と『礼儀の当たり屋』のイザベルに粗相が無いよう、ルーナは思い付く限りの丁寧な言葉遣いで自己紹介をする。

緊張で手が震えるが、身体の前にギュッと組み耐える。


ルーナは自己紹介を言い終わると先日開発した「大人しめ令嬢っぽい微笑み2」をふわりと浮かべ、頭を下げた。


頭を挙げると何故かギルバートとベルンハルトの頬に朱がさし、じっとルーナを見つめている。

ルーナは二人の様子に戸惑い、どうしたのだろう?と目をぱちくりしながらコテリと小首を傾げる。

刹那、二人の顔がさっと一瞬で真っ赤に染まる。見える肌全てが真っ赤に染まり、ギルバートは髪色と顔色が一体化した。


「あの……、どうか……」


「あぁ……、すまないね。これからよろしく。ルーナ嬢?」


ベルンハルトが目を伏せふぅっと一息吐くと、微笑みながら手を差し出した。


ルーナは握手しても良いものか逡巡し、その差し出された手をチラリと一瞥するとギルバートにじっと縋るような視線を送る。

ルーナからの視線に気付いたギルバートは肩を竦め小さく頷き返したため、ルーナも恐る恐る手を差し出し「よろしくお願いいたします」と握手をした。


ベルンハルトは大きく目を見開くとルーナの手を大事なモノを包むように丁寧に握り、顔中を綻ばせながら綺麗に微笑んだ。


そんな2人にイザベルが焼け付く様な強い視線を送りながら、閉じた扇子をギチギチ音をさせながら握り締めている。扇子はイザベルの心理状態のわかり易い指標だ。


ギルバートはそんなイザベルをひたりと静かに見据えながら今後の『魔物討伐実習』の行方と扇子の未来を憂いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る