77 キーネン家 その2

 大奥様の部屋を出て、次に向かったのは奥様と旦那様の部屋だ。

 奥様はノックしても返事がない。どうやら他の部屋にいるらしかった。

 そっと中へ入り、洗濯物をベッドの上に置いた。

 そして、次に向かったのはキーネンの部屋だ。


 ノックすると、「入れ」という声がしたので遠慮なく入る。

 中では演奏会で演奏する予定の曲が流れていた。


「洗濯物をお持ちしました」

「そうか……そこへ置いておいてくれ」

「はい……」

「ん……V1か。V1、少しお前の意見を聞かせて貰ってもいいか?」

「はい? 何の話?」

「指揮の話だ。42小節目、ここのタイミングで俺はお前たちヴァイオリンにこうやってキューを出しているが気付いているか?」

「あーうん。大丈夫気付いてる気付いてる」

「そうか。ならば良い」

「話ってそれだけ?」

「あぁそれだけだ。他になにか用事があるのか?」

「いや別に! じゃあこれで失礼します」


 そうしてキーネンの部屋をあとにした。

 そういえばこの間も入ったけど、私、男子の部屋入るの初めてじゃね?

 前回も今回も、なんかあまり中とかまじまじと見なかったなー。惜しいことをした。キーネンだって男だ。エロい本の一つや二つ隠し持っていたかもしれない。もうちょっと注意して入れば良かった。

 まぁ見つけたからといってからかうわけでもないんだけどね。


 ってか指揮の話されたの初めてだな。

 キーネンも真面目に練習するんだと中々感慨深い。


 洗濯物を配り終え、私はメイド長の元へと向かった。


「雨宮さん。洗濯物配り終えました」

「そうですか。それではご夕食の準備が整ったのでキーネン坊ちゃまを呼んできてください。私は奥様にお声がけした後に、大奥様を食堂までお連れしますので」

「かしこまりました」


 そう返事をして礼をすると、私は再びキーネンの部屋へと向かった。

 ノックをし部屋へと入る。

 ほほーんこれが健全な高校生男子の部屋かぁ。

 ゲームとかないんだな。机の上にはノートPCが一体置いてあるのみだ。

 さてはあの中にエロい画像とかたくさん溜め込んでいるんだろう。

 分かる、分かるよ。


 ってそうじゃない。


「お食事のご用意ができました」

「そうか」


 キーネンはスマホから流していた音楽を止めると、指揮棒をケースへとしまった。

 そして私と一緒に部屋を出た。


「どうだ屋敷での仕事の方は?」


 食堂へ向かう途中そうキーネンに聞かれ、私は「ぼちぼちやってます」と答える。

 キーネンは「それならば良い」とだけ言うと、食堂へと入っていった。


 暫くして大奥様の雛さんを車いすで連れて雨宮さんがやってきた。

 そうか大奥様は足が悪いのか……。


 30分ほどかけてゆっくり食事が行われ、私達はその後片付けをした後に賄いを頂くことになった。分かれて仕事をしていた神奈川さん、水無月さんがやってくる。


「やっほ二人共!」

「はぁー疲れた! 香月さん今日のご飯なんだか知ってる?」


 神奈川さんが私に問う。


「今日はシチューとパンだよ。サラダはないよ私達にはね」


 そうしてメイドさんが続々と食堂へと集まってきた。

 私達含めて総勢10名のメイド+爺やの11人で主たちが使ったのと同じ食卓を囲む。

 さすがに手狭になったが、食べられないという事もなかった。


 シチューはキーネン達に出したものと全く同じもの。

 パンは使用人向けに安物を出されてそれぞれ食べる。


 シチューが普段家で食べてるそれとは比較にならないくらいおいしい。

 食事はメイドの内の一人が作っているのだが、きっちり調理師免許を持ったプロに違いない。


「美味しかったです、ごちそうさまでした!」


 そう言うと、メイドの内の一人が「お粗末様です」と笑った。

 全然粗末じゃないと思うな。

 シチューはキーネンたちに出したのと全く同じものなんだしね!


 美味しいご飯を食べ終え、食器の片付けを終えた頃には、時計は21時に迫ろうとしていた。


「旦那様がご帰宅されました」


 そう雨宮さんに急かされ、玄関へと向かう。


「お帰りなさいませ」


 皆でキーネンの父――斎藤幸一郎を迎える。


「変わりないかね?」

「はい。大奥様も奥様も坊ちゃまもお変わりありません」


 雨宮さんが答える。


「そうか……」

「お食事は?」


 雨宮さんが問うと、「食べてきたよ」と幸一郎さんが答える。

 するとキーネン父が私や神奈川さんに気付いた。


「これはこれは、新しいメイドというのは君たちのことだろう? 確か同級生だと聞いている。済まないねキーネンの我が儘に付き合わせて……」

「いえ、私は自分からお願いしたことですから、お気になさらず」


 神奈川さんが胸のまえで手をふるふると振ってかしこまる。


「そうか。広い家で大変だろうが頼んだよ」

「はい」


 私達二人が返事をすると、幸一郎さんは自室へと向かっていく。


 キーネン父が去って暫くして、私達は勤務時間を終えた。

 休憩室兼ロッカーの一室に行くと、メイドさんたち全員が着替え始めていた。

 勤務時間に厳しいのはホワイトな職場だと聞く、案外悪くない職場かもしれない。

 私はそう思って小さくガッツポーズを決めた。


 水無月さんもやってきて、統制学院キーネン家メイド隊が揃った。

 私は着替えながら水無月さんに問う。


「水無月さんはさすがに掃除とかはしてないよね?」

「えぇ……いまは遠慮させて貰っているわ。前にも話した通り、斎藤君の秘書的な仕事を全部任されているわ」


 水無月さんが答え、それに神奈川さんが反応する。


「でも凄いわ……株式市場の動向調査なんてどこで覚えたの?」

「別にネットで情報収集するだけで簡単なことよ。それよりも神奈川さんは調理補助にも入っているんでしょう? そちらの方が大変で感心だわ」


 そう言って神奈川さんの活躍を称える水無月さんだったが、私は合宿で水無月さんは料理もできることを知っている。おっと、水無月さんと神奈川さんが楽しそうに会話するのを眺めていたら、着替えが疎かになってしまっていた。

 私は急いで着替えを済ませると、3人一緒に帰途についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る