66 瀬尾さんのお願い

「それでは、水曜日の生徒会活動から浅神くんの妹さんの募金活動を始めると言う事に決定しました。浅神くんもそれでよろしいですね?」


 守華さんが浅神に確認を取ると、


「うす。よろしくお願いします」


 浅神が頭を下げた。


「では募金活動は放課後すぐに校門前とカフェテリアで開始とする。皆忘れず早めに募金箱を持ちに生徒会室へ来るように。それでは本日の生徒会は解散とする!」


 豪徳寺がそう言い放ち、立ち上がり生徒会室を出ていく。

 佐籐もそれに連なって生徒会室を去っていった。


 そして、私と水無月さんの元へ浅神がやってきた。


「その、有難うな募金の話。まさか生徒会が動いてくれるとは思ってなかった」


 人差し指でポリポリと右頬を掻きながら浅神が私と水無月さんにお礼を述べると、水無月さんが答えた。


「別に……人間として当然のことをしてるまでよ」

「そうそう!」


 水無月さんに合わせて私も相槌を打つ。


「それより、必要金額が集まると良いわね……」

「あぁ、そう思う」


 すると横から必要金額の概算をまとめたらしい唯野さんがPCを提示してきた。


「概算ですが前例を考えると、必要費用はこれくらいかと……」


 1億数千万円という費用に目を丸くする私。

 浅神は値段を大体知っていたらしく、あまり驚きを見せない。


 天羽さんがお爺さんに頼んでくれれば、ぽんっと出してくれる値段かもしれない。

 けれど、天羽さんだけに頼るわけには行かない。

 他の生徒からも少しずつでいいから募金に協力して貰う必要があるだろう。

 お金持ちの多く通う統制ならきっとどうにかなる。

 ゲームでは一応どうにかなっていたのだから、大丈夫だと思いたい。


「私は部活だけど、水無月さんはこのあと?」


 私が問うと、水無月さんは肩まである長い髪をかき上げて言う。


「私はこの後は斎藤くんのメイドをやる予定よ。

 浅神くん、周防さんの家庭教師頑張ってね、ももちゃんによろしく」

「おう、それじゃあ俺はもう行くよ」


 浅神が生徒会室を後にしていき、それに続くように水無月さんと唯野さんが消え、私は最後に残った守華さんと一緒にオケ部へと向かっていった。




   ∬




「それでは本日の練習はここまでとする」


 キーネンがそう言って指揮棒をケースにしまうと指揮台を立った。

 私はすぐにキーネンへと駆け寄ると、「今日はこの後用事があるから」とメイドができないことを伝えると、キーネンは「練習にさえ参加しているのならば文句は言うまい」と短く言った。


 本当は水無月さんや神奈川さんと並んでするメイドというのも悪くはないと思ったのだが、瀬尾さんとの約束がある。しかし、一体何の話なんだろうか?


 私は楽器をしまうと、同じく楽器室から出てくる瀬尾さんを待った。


 瀬尾さんは楽器室を出てきてすぐ私を見つけると、ぺこりとお辞儀。

 そして学院を出て自宅最寄り駅まで着くと、瀬尾さんに促されるままに駅前から少し離れたところにある小洒落た喫茶店へと連れ込まれた。


 若い女性店員が「いらっしゃいませ」と案内してくれて、瀬尾さんはコーヒーを頼み、私はカフェラテを頼む。

 周りを見回して、「地元にこんな店があったのか~」と驚く私。


「オススメのお店です。実は母のお気に入りのお店で~」


 と瀬尾さんが店の内容やオススメのデザートなどを紹介してくれる。

 今度来たときには絶対に食べようと思ったが、今はまず話だ。

 コーヒーとカフェラテが届いたのを見計らって話を切り出した。


「それで、相談って?」

「実は……これなんですけど」


 そう言って、瀬尾さんは鞄からA4サイズのプリントを何枚か取り出して渡してきた。


「声優事務所所属オーディション……?」


 目に飛び込んできた文字をそのまま読み上げる。


「受けるの?」

「はい……!」

「そっか頑張ってね! でもそれと私になんの関係が……?」


 友達からの推薦でも必要なのだろうか。

 そういう事ならいくらでも推薦しよう。何せ瀬尾さんの声は若手トップクラスの人気声優と同じなのだ。声優に向いているに決まっているし、歌だって上手いに決まりきっている。

 そう言えばまだ転入してきてから友達とカラオケに行ったことはない。

 瀬尾さんを誘えばきっと美声を聞かせてくれるだろう。楽しみだ。


「それが……香月さん、この日は空いてますか?」

「うんっと……うん、たぶん空いてると思うけど」

「それなら……私と一緒にこのオーディションを受けて欲しいんです!!」


 瀬尾さんはそんなことを言ってきた。

 私の聞き間違いだろうか?


「え!? 受けるって私が?!」

「はい。駄目でしょうか……?」

「いや、いやいやいや……!」


 私には声優なんてとても務まらないだろう。

 そりゃ今生の見た目と、それから声は我ながら気に入っている。

 だからといって声優だなんて……!


「私はちょっと……」

「お願いします香月さん!

 私初めて受けるオーディションで緊張して実力を出せないなんてまっぴら御免なんです!

 一緒に受けてくれてる友達がいると思うとすっと緊張が解けそうっていうか、そんな気がするんです!

 それに私、香月さんは声優さんに向いてるなってずっと思ってました!

 滑舌も発声もはっきりしているし、なんだか独特のイントネーションを持ってて……!」


 そりゃあ、滑舌と発声はアニオタとして声豚としてできるだけ良くしようと訓練してきたからだろう。独特のイントネーションってのは自分では良くわからないけど、それって良いことなんだろうか? 良くわからないよ。


「一生のお願いです! 私この事務所が第一志望なんです!」


 そう強くお願いされてしまっては、受けてあげねば私が廃る。

 推しの一生のお願いとあっては、受けざるを得まい。


「うーん、ほんっとに付き添いみたいな感じでいいなら……」

「本当ですか!?」

「うん……でもほらここ、書類選考あるって書いてあるじゃん。

 落ちちゃうかもしれないし、私、志望動機とか何書けばいいか分からないよ」

「任せてください! 私の推薦ってことで書類は既に用意してきましたから!

 あとはここに香月さんの写真を貼るだけです!」


 そうして瀬尾さんが鞄から更に書類を取り出す、応募者の欄には私の名前が書いてあって、推薦者に瀬尾さんの名前が書かれている。

 推薦理由には「小さな体から発せられるウィスパーボイス。独特のイントネーションもご照覧あれ」とキャッチコピー風に書かれている。


「それじゃ、早速写真を撮りましょう!

 その為にこの雰囲気良さげな喫茶店を選んだんですよ!

 背景としちゃ上出来です!」


 興奮冷めやらぬ様子の瀬尾さんに押されるがままに、私は全身写真と上半身写真の2種類をスマホで撮影された。


「良いですね~これなら書類選考通過間違いないです! 私が保証します!

 それでは、私これから写真屋さんで現像してきますね!

 香月さん一緒に受けるって言ってくれて本当に有難うございます!!

 あ、ここの払いは私が持ちますから!」


 それだけ言い残すと、残っていたコーヒーをすべて平らげて瀬尾さんはお会計をして去っていく。いつもからは考えられないくらい笑顔溢れるスピーディな瀬尾さんに、ふいに私も笑顔になってしまった。


 でも声優オーディションを受けるなんて、やったことないし本当に大丈夫だろうか?

 まぁ書類選考で落ちるのが関の山だろう。大丈夫、大丈夫さ。

 所詮は私はモブ子なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る