15 疑念励起するクインテット

 一仕事終えた私は、浅神の押していたカートから料理をひとつまみ。

 クラッカーの上に置かれた脂の乗ったサーモンとキャビア、そして芳醇なクリームチーズが口の中を喜びで満たし、最後にふわっとミントが香る。


 水無月さんは上手くやってくれたみたいだ。

 先程まで天羽さんがいた場所に彼女の姿はない。

 予定通りなら、今頃は地下駐車場へ向かっているはず。


 一応スマホで二人へグループメッセを送る。

 しかし既読が付く様子はない。


 ミニオケの側に控えていた、斎藤家の爺やを見つけたので聞いてみる。


「はい、水無月様は一足先にお車の方へ向かわれました。

 お連れ様もご一緒だったようです」


 おっけー。確証は得たし、私も地下駐車場へ向かう事にしよ。


 大会場を出てエレベーターに乗り地下へ。

 やたらと金色に輝きラグジュアリー感のある内装のエレベーターに揺らされる。


「さっきのクラッカー、あともう1枚くらい食べとけば良かった。

 あとローストビーフ食べたかったな。豪勢に何枚も盛り付けて。

 それをご飯の上に乗せられれば文句なしだけど、白飯はなかったんだよねぇ」


 私は、誰も乗っていないのを良いことに、料理への欲求をぶつぶつと口にする。

 そして、エレベーターが到着を知らせる柔らかめの電子音を鳴らした。


 グランドメサイアの地下には、宿泊者や観光客用の地下街が広がっている。

 最高級のアクセサリーブランドが数件あり、きらびやかな雰囲気を作り出す。

 ショップ区画を抜けて、従業員以外は人気ひとけの無いフロアへ。

 その先をしばらく進めば目的地の地下駐車場だ。


 道のりは行きでちゃんと覚えてる。

 前世が男だからか、まだ高2になったばかりだからか。

 些か豪奢過ぎるアクセに目移りもせず、私はショップ区画が終わる扉を開いた。


 扉を開いてすぐ――通路の中心に、男女4人組がいた。

 あれは――!


「さぁ、会場へ戻りましょう天羽さん」

「いえ……あの、私は。お友達とお話が……」

「駄目よ天羽さん。こいつに付いていったらとんでもない目に遭うんだから!」

「お客様方……どうか落ち着いてください……」


 皇が天羽さんの腕を取る。

 水無月さんがそれを止めようとするが、片腕だけではどうしようもない。

 仲裁をするように浅神が皇の肩に手をかけた。


「クソ……離せお前!

 俺にはこちらのお嬢さんを、会場に連れて行く義務があるんだ!」

「しかしお客様……めんどくせぇ、もういいか……。

 あのな。その子嫌がってんだろ? とりあえず手ぇ離せや」

「なんだその口のきき方は……! 俺は客だぞ、その俺に向かって――」


 浅神が表向きの顔を投げ捨てて皇を制止。

 それにキレた皇が、浅神の顔をガン見する。


「――そう言えば……さっきから思ってたけど、どこかで見たことあるなお前」

「あぁ、俺も見たことあるよ皇時夜。

 いいから落ち着けよ。そっちの人も、腕に怪我してるみたいだしな。

 男が女二人にやることじゃねーだろ、お坊ちゃん」

「俺を知ってる……? 思い出した……お前、統制の生徒だろ」


 皇が天羽さんの腕を離し、浅神に向き合った。


「そうだよ! あれだろ? お前――Fクラスの浅神だろ?

 勉強も部活もロクにせず、バイト三昧……!

 テストの成績はいつも下から数えて何番目かの落第生!

 そのお前がメサイアでバイトか?

 お前みたいなクズを雇うなんて、メサイアの格も堕ちたもんだな!」

「……」


 皇が浅神を罵倒し始める。

 そして私はそのすきにこっそりと水無月さんと天羽さんに合流。


「香月さん……?」


 どうやら天羽さんには、私も居ることを伝えてないらしい。

 驚きの表情を浮かべる天羽さん。

 見開かれた青の瞳はとっても綺麗なのだけど、いまはそんな場合じゃない。


 私は右手の人差指で駐車場の方角を指差すと、すーっと消え入るようにその場を、


「待て!」


 後にしようとしたのだが、まぁ無理だよね、知ってた。


「だから、俺には彼女を上に連れていく義務があるんだよ!

 なんなんだその女は……! ホテルのスタッフだろ!?

 どいつもこいつも邪魔しやがって!

 さっき俺にワインを盛大に見舞ってくれた小さい奴も――!

 ……おい、なんであんたがここにいるんだ?」


 背中越しに皇の声が刺さる。


 めんどくさ……てかランドリーって地下だったの……。

 ホテルにはランドリーサービスがあるもの。

 そんな感じで浅神に適当言っただけなんだけどね。

 他にも従業員区画はあったと思ったんだけど、まさか地下か……。


 運の悪さにげんなりしつつ、私はひそひそ声で水無月さんに相談した。


「走る?」

「無理。ここからじゃ行き先が地下駐車場だって場所が割れてる。

 それに、斎藤くんの仕事が終わるまで、車は出してくれないかも」


「何をこそこそと話してんだよ?

 まさか、お前ら――全員仲間か……?」


 皇の疑念が言葉となる。

 でも、天羽さん奪還を試みようとしているのは、あくまで私達二人だけだ。


「仲間? なに言ってんだ?

 俺はただのバイトで先輩は……先輩、その女の人と同じ服っすね?」


 浅神の発言までがずしりと背後からのしかかり、私は諦めて振り返った。


「あれれーお客様。それに浅神くんまで何を言うの~」


 戯けて見せるが、どうやら後の祭りのようだ。


「やっぱり……小さいお姉さんじゃん。

 そっか、最初から俺の邪魔が目的だったわけ」

「そうか――なんかおかしいとは思ってたんすけど。

 先輩、ここのスタッフじゃなかったんすね」


 皇と浅神修二の二人は、私に怪しむような目を向けている。


「浅神くん、あと1時間ばかりそいつの相手しててくれないかな?」

「……事情によるっす、幼女先輩」


 幼女じゃねーし! 背は小さいけど見た目淑女だし!

 たぶん……きっと、そうに違いない。うんうん。


 ちっ……浅神もあまり協力的じゃない。

 こうなればままよ。

 皇の目的を全部ぶちまけてやる。

 でもその前に……。


「水無月さん、ちょっと待って。まだ戻らないで」

「……分かった」


 私のお願いに、水無月さんがゆっくりと頷いた。

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