14 深窓令嬢の護衛はスケルツァンドで

「時夜は必ず文歌に声をかけてくる。あなたはどうにかそれを防いで。

 私はその間に、文歌をなんとかここから連れ出せないか試してみるから」

「分かった。なんとかやってみる」

「えぇ、上手く行けば文歌と地下駐車場へ向かうから」


 私は再び皇の監視に付く。

 天羽さんに次々と挨拶に行く人を横目に、皇はドリンクを飲んでいた。


 すると、皇に男が近づいていく。

 私はそれを見て、とっさに会話の聞こえる範囲に近づいた。


「いいな時夜、参加者が一通り挨拶を終えたところで行くんだ。

 挨拶に行けば、あとは天羽さん達が話を進めてくれる。

 お前はただあの少女に笑顔を向けていればいい。

 いいな? 私の役に立ってみせろ」

「……分かってるよ父さん」


 言うだけ言って、男が皇の元を離れていく。


 話を聞いた感じだと、あれが皇の父親かな?

 しかし、本当になにか企んでるんだね。

 いいさ、天羽さんは私が守る!

 てか天羽さんのドレス姿……!

 もうやばい。好き。ダメ……。

 あの容姿で推しの声で喋るんだよ? 語彙力の低下が著しいよ。

 あと、そんなに肩出したら風邪引いちゃう!


「は……結局はオヤジのお人形か……」


 皇がなにかつぶやいたようだが、小さすぎてよく聞こえない。

 あーあー。聞こえなーい。


「あら、それはソフトドリンクかしら?」

「あ、はい。そうでございます」

「いただくわ」

「私も貰おう」

「はい、どうぞお飲みくださいませ」


 まずい……ドリンクが底をついた。

 これじゃ皇にちょっかいかけられないじゃん!

 お、いいとこでカートを引いた浅神発見!


「浅神くん、これ戻してくれる?」

「……はい。了解っす」

「了解っすじゃなくて、かしこまりました、ね?」

「かしこまり、ました」

「うん、それで今度のこれは……」


 色と匂いで分かった。これはお酒だ。


「それはワインです、えっと――先輩?」

「うん。それじゃあ、これを代わりに貰っていくから」

「うっ……はい」


 よし、弾薬の補充は完了。

 あとは皇が動きそうになったら声をかける。

 もしそれで構ってもらえないようなら――。


 まだ天羽さん達、アマバネの面々への人集りの勢いは衰えていない。

 もう少し様子を見る必要がある。



   ∬



 挨拶回りの勢いが、途切れ途切れになってきた。

 私と同じく様子を窺っていた皇も、グラスをテーブルへ置いた。

 そして、天羽さん達へと一直線に――、


「――お客様、お飲み物はいかがですか?」


 私は半ば強引に、皇の進行方向へ体をねじ込んだ。


「今はいい」


 皇はまるで話を聞かずに私を押しのけようとするが、ここで負けるわけにはいかない。

 私は必死で体を張って、皇を止める。


「そんな、せっかくお客様のためにお持ちしましたのに……」

「あぁ、さっきの小さいお姉さん……いや、お姉さん正解。

 それ酒でしょ? 俺、未成年。

 それに、どっちにしろ今はやることがあるからいいよ」


 皇は再び私をかいくぐって、天羽さんの元へ行こうとする。


 ちっ……まぁこうなることは想定内。

 私は、瞬時に水無月さんと浅神の位置を確認。そして、


「そうでしたか、それは大変申し訳ございま……あーれー」


 我ながら酷い棒読みで体制を崩すと、私は皇に向かって酒をぶちまけてやった。


 あんたにはカフェテリアでからかわれた恨みはあるけど、それはいい。

 だって桜屋さんが可愛かったからね! いや、やっぱこいつはよくない!

 思い出したらムカついてきた。

 大体だよ、学院では桜屋さん達を侍らせてる癖して、天羽さんにつけ入るとか。

 最低最悪のクズじゃんか。自省しろ。


 私のぶちまけたワインは、皇に見事に直撃。

 奴の白シャツには真っ赤な染みが浮かび上がる。


 ティヒヒ、これで天羽さんに挨拶などできまい!

 そう……君のお父さんが悪いのだよ、皇!


「……」

「ワワワー、タ、タイヘン申し訳ありませんオキャクサマー。

 で、でもお客様も悪いのですよ。強引に押しのけようとされたからー。

 いまタオルをお持ちいたします。あぁでもシャツに染みがー。

 そうだー! 浅神くん、浅神くん!」


 私は、事前に位置を把握しておいた浅神を呼びつけた。


「うっす、どうかしましたか先輩。あーこれは……」

「そうなの、浅神くん。すぐにお客様をランドリーへお連れして~。

 業者さんまだいるかしらー、早くしないとシミが取れなくなっちゃうわー」

「りょうか……かしこまりました」


 今にもキレて吠えだしそうになっている皇を浅神に押し付ける。

 皇は文句を言いながらも、浅神の後に付いていった。

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