プロローグ
「……死んだほうがましですわ」
「……なに?」
冷ややかな視線が二つ、私──ナタリー・ペティグリューに向けられている。一つは
「このままここで暮らし続けるより、死んだ方がましって言いましたの」
「………」
「はぁ」
妻を
「仮にもお母様なのですから。わがままは、お
「ごほっ……生意気な
「なっ!?」
わがままなんて軽い気持ちだったら、平和だっただろうに。
「なにが、ごほっ、おかしいんですの?」
「文句だけは一人前だと思ってな」
「はい?」
「できもしないくせに、死んだ方がましだと?」
「……」
「そう言えば、金が
離縁を申し込もうと思ったのに、あんまりな言葉を投げられ絶句してしまう。
「……勝手なことを言わないでください。げほっ、私が気に食わないのなら離──」
「ふん……そんなに言うのなら、
「はい?」
「言葉通りに、死んでみろ」
そう言って、ぞっとするほど冷たい目をしたクソ男は
(ほんっと頭にくる! 私のことをどこまでバカにすれば気がすむのかしら)
「まあできないだろうが……は?」
「えっ」
二人の男が、ぎょっとした目でこちらを見る。結局生きていたって、もうドン底の人生だ。生きるのにも
「だいっきらい! あなた方を……
そう
「ごっ、ほ……」
(お父様、お母様……本当にごめんなさい)
──こんな
暗く染まる視界の
「あらっ!?」
朝日が
「ど、どういうことなのかしら……?」
「あっ! お
「えっ」
「ミーナ?」
「そうですよ。あら、お嬢様そんな
「……っ」
ミーナに最後に会ったのは十数年前。その頃よりも、ずっと若々しい姿をしている。あまりの
「おっ、お嬢様!? 何か失言してしまいましたか?」
「ううん、全然よ……ただ
「……?」
ふわふわな
「うーん、変な感じですが……あっ! それよりも早く
「もう、天国にいるときくらい……そんな
「何をおっしゃってるんですか! ほら」
ミーナが私の背をぐいぐいと押して、ドレッサーの前へ着席させる。そこに映っていたのは、紛れもなく──。
「あらあら、若い私ね!」
「もうっ! まだ寝ぼけてるんですか!」
「ちょっとミーナっ、冷たいってば。ふふっ……ん? 冷たい?」
ミーナが水を
「えっ? イタッ」
「……お嬢様、いったい何の遊びですか」
ためしに自分の
「ミーナっ! 今っていつ!?」
「ええ? お嬢様本当にどうしちゃったんですか? 今は
「……へ」
戦争が終わり夫と
「わ、わたし、十八歳よね?」
「そうですよ! 当たり前のことを聞くなんてどうしたんですか?」
「い、いったい」
どうなってるの──と続けようとしてハッとする。勢いよく立ち上がり、驚くミーナを置いて自室から
「あら? ナタリー、慌ててどうしたの?」
「本当だな、
「あなた……歌が下手なのに子守唄って……」
「す、すまない……そんな残念そうな目……や、やめてくれ……」
大好きなお母様とお父様が……元気な姿で「おはよう」と声をかけてくれる。
「……」
「おや? ナタリー、気分でも悪いのかい?」
「お父様の
ずっと
「……ううん、おはようございます。お父様、お母様」
私と同じ銀色の髪に、アメジストのような
(もし、本当に過去に時がまき
夢見心地だった自分の頭が、
(神の
久しぶりに見るお父様とお母様の顔をしっかり目に焼き付けながら──ナタリーは、後ろから追いついたミーナに引きずられるように……朝の支度に戻っていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます