第16話  邪悪な企み

その日は落ち着かない一日だった。

母がアンドロイドなら、僕は一体何者だろう。僕も母と同じアンドロイドなのだろうか。いや、クローンかもしれない。もっとも恐れたのは僕自身もアンドロイドの可能性があるという事だった。もしかしたら、母親を隠す必要があったのかもしれない。だとしたら僕は人間だ。僕は1人で3つの可能性の渦に飲み込まれていた。

一真が心配そうに「顔色が悪いぞ。大丈夫か。」と言ってきた。僕は一真に相談する気力もなく「大丈夫だ。ほっといてくれ。」と投げ捨てるように言った。「僕の気持ちなんかわかるものか。」と口に出そうになった時、一真に八つ当たりしたこと気づいて後悔した。

美由紀も心配そうに僕を見ていた。「本当に顔色が悪いわ。保健室に行った方が好いかしら。」僕の顔を覗き込むように上目づかいで見上げた顔は本当に心配そうだった。長いまつげが影を落としている。そして、髪に触れたい衝動に駆られて、こんな時にと自分でも呆れてしまった。

心配してくれる友人たちに囲まれていることに気づいて僕は涙がこぼれそうになった。「ありがとう、大丈夫だよ。大丈夫。」と小さな声で繰り返した。

陸と僕は学校から戻ると父の部屋に呼ばれた。

父はひどく疲れた様子で大きな皮張りのソファに座っていた。

父は佐藤に小声で指示した。

「お二人は和子さんに卵子を提供してもらい、体外受精で生まれたご兄弟です。」

佐藤はまるで、天候を告げるように何気なく僕たちに言った。

僕たちは呆然と互いを見た。

僕は自分がアンドロイドやクローンでないことに安堵した。そして兄弟や母がいることがうれしかった。同時にプログラムされた行動とはいえ幼い頃からぼくを育ててくれた母が哀れだった。

父は深く息を吸い込んでから、話し始めた。

「私が一代で鈴木グループを築き上げたことは知っている通りだ。」

「もしかしたら、創設期に3人の仲間がいたことも知っているかもしれないが。」

父が創業したのは、今から30年以上前の事だった。僕は興味もなかったし、当時の詳しい状況は知らなかった。

「私は愚かだった。自分の過ちをお前たちに託すことになるとは。これからの事は、佐藤と相談して決めていくといい。佐藤はお前たちにとって父親と思っていい存在だ。信頼していいぞ。」

それだけ話すと僕たちに向かって手を振って出ていくように促した。

僕たちは佐藤の部屋に集まった。

「これからは私達3人協力して進めなければいけません。ただ、他にも協力者がいます。」

「当分の間は一真君、一真君のお父様に協力していただきます。いずれ協力していただくことになりますが、今は親しい方々にも秘密厳守でお願いします。」

次の日、一真も一緒に佐藤の部屋に集まった。

「お父様の過ちは不老不死をプロジェクトの目標としたことです。ある科学者に騙されたといってもいいでしょう。皆様も始皇帝が徐福に命じて不老不死の薬を探しに行かせた伝説はご存知かもしれません。徐福になぞらえてプロジェクトは徐福計画と名付けられました。徐福は始皇帝から逃れるため各地を転々としました。結局、不老不死というのはあり得ないのです」

僕たちは息をのんだ。佐藤は淡々と話を続ける。

「徐福計画がまがまがしいものだとお父様が気付いたのは15年程前です」

15年前、陸が生まれた頃だ。そのころから、父と佐藤は戦ってきたのだろうか。

「それから、徐福計画を阻止する準備が始まりました。始めはお父様の部下だった男は強大になっています。私がちょうど皆様と同じ年頃のことです。それから、お父様はグループ内での1人で戦ってこられました。」

「1人ではない。きっと佐藤も一緒だったんだ」思わず出た大きな声に僕は我ながら驚いた。何も知らずに能天気に暮らしてきた自分を思って唇をかんだ。佐藤はそれには何も言わず、「賛同する社員も育てられました。一真様のお父様もその一人です」

何事にも動じない一真の驚く様子を僕は初めてみた。

「近頃はグループ外勢力と結びついて、お父様の心労は大変なものだったと思います」

父の体調が思わしくないのは僕も気づいていたから、うかうかできないと僕は思った。

「美由紀様、丈様が日本に来てくださったのは幸いです。ただ、あの寮に置くのは危険すぎます。明日、お二人を説得して連れてきてください。」

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