第12話  冒険

次の朝、僕はなるべく普段通りに家を出た。一真と話をするために作りかけのフィギアを持っていくことは忘れなかった。学校についても昼休みになるまで僕は平静を装った。屋上で昼食をとっていても昨日の朝の事ばかりを考えていた。

一真にフィギアを見せるふりをしてやっと2人になれた。

「ずっと話したかったんだ。昨日の早朝、嵐の夜の少年に会ったんだ。それで、こっそり逃げる手伝いをした。陸というんだ。僕によく似ていた。」

息もつかずに僕は一気にまくし立てた。

一真はびっくりした顔をしてぼくをのぞき込んだ。

「大丈夫か。本当にバレなかったのか。」

「ここのところ、早朝、犬の散歩や馬で遠出をして家の周りをさり気なく探っていたんだ。」

朝の散歩や乗馬は習慣にしていることを一真に説明した。

「自分から、馬で遠乗りしたと言ったし、もどってからしばらくして雨が降っただろう。足跡も臭いも消えてるから、大丈夫だと思う。」

「防犯カメラが設置してあるだろう。」

「陸が電源を切ったようだ。2人でいつも行かない雑木林の向こうまでいった。」

「今朝、いつも通り登校で来たってことはバレていないかもしれない。あるいは知っていておよがせているかだな。とにかくもう少し詳しく話してくれないか。」

「ぼくも詳しいことはわからないんだ。何者だと聞いたら、兄弟みたいなものだって言ってた。敷地の入口の右側に使用人の家があっただろう。あそこに地下室があるらしい。そこに閉じ込められていたそうだ。結局見つかって、地下室に戻されるかもしれないと言ってた。」

「兄弟みたいなもの?クローンのことかな。新より小柄ってことは新が生まれた後に作られたクローンかな。」

「陸はどうしているんだろう。帰ったら食料をもって見に行こうと思ってるんだ。」

「連れ戻されると思ってたようだからな。無駄足になりそうじゃないか。」

「ほっておけないんだ。」

「危険すぎるんじゃないか。」

2人で話し合った末、今日は帰りに馬を見に一真も一緒にごんぞうの家に寄ることになった。2人はさり気なく地下室の事を調べてみることにした。

午後は宗教の時間だった。学問としての宗教学はオンラインで受講済みだ。学校では仏教、カトリック系、プロテスタント系のキリスト教、神道から僧侶、尼、牧師、シスター、神主がそれぞれ講義をすることになっている。

宗教家と呼んでいいかはわからないが、生徒たちは神官、牧師、僧侶達の話を予想外に熱心に聞いていた。長い歴史の中で受け継がれ、整備された教義を授けようとする熱意は科学技術と同様に大切に受けとめられていた。

今日は仏教の話だった。

墨染の衣を着た老齢の僧侶はブッダが亡くなる時の話を始めた。

「若い皆さんにとって、死とは遠い先の出来事でしょう。今日は、ブッダがなくなる時のお話をいたしましょう。80歳になるブッダはチェンダという貧しい男から提供された料理を食べて今でいう食中毒を起こし脱水症状で苦しみ衰弱して亡くなられた考えられているようです。

死の淵にあるブッダは自分を責めるチェンダを慰め、嘆き悲しむ弟子のアーナンダ―を諭されました。

チェンダよ、嘆くことはない。お前は私に最後の供物を与えてくれた。大いなる功徳がお前にはある。アーナンダーよ、悲しむことはない。生じたものは必ず滅する。生まれてきたものは必ず死ぬのだ。そういってブッダは死の淵をさまよいながらも、周りの人々を諭し、慰めたのです。人は生まれた時に必ず死ぬことが決まっているのです。生じたから滅する。つまり、生まれたから死ぬのです。

科学技術の進歩した今の世ではもしかしたら、永遠の若さや命を得ようとする人もいるかもしれません。けれど、若さを保ち、長く生きることが人生の目的ではないことを皆さんに悟ってほしいのです。

散る桜残る桜も散る桜。兼好法師はまさに死んでいこうとする自分を桜に例えてこんな辞世の句を残されました。桜は咲いた時から散る運命なのです。人も桜と同じように生まれた時から死ぬ運命なのです。生じたものは必ず滅する運命なのです。それを悲しむ必要はありません。」

一真は入学式の日にこのことを言いかけたのだと僕は気づいた。一真も神妙な顔をして聞き入っている。

僧侶は続けた。

「若い皆さんは、死について考える機会は少ないでしょう。生じたものは必ず滅するのです。けれど、それを悲しむ必要はないのです。」

人口の減っている我々人間の世界も滅していこうとしているのだろうか。僕達はざわざわした気分になっていた。

僕は久し振りにあった美由紀ともっと話したかったし、一真もあかりの事が気になっているようだった。僕たちはそんな思いを振り切って学校を後にした。

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