第4話 寮生活

支配人には30分と言われたが、25分程すると美由紀と丈はやってきた。

美由紀はいつものポニーテールではなく、髪を下ろしていた。僕は一瞬ほどいた髪が動くたびに美由紀の顔の周りで揺れているのに見とれてしまった。

「ちょうどシャワーを浴びていたの。」

「僕もさ。」

「まさか、2人で一緒に浴びてたわけじゃないだろうな。」

僕の冗談はその場をしらけさせた。さくらの眉は例によって上がっている。丈と美由紀が同じフロアーで暮らしているのが気に入らないのだ。

「3階は病院も入ってるだろう。外出した後は必ずシャワーを浴びて危険なウイルスや細菌を持ち込まないかチェックされるんだ。」

「男子寮と女子寮はきっちり分けられているの。談話室ももちろん男女別。家族来た時だって家族用の部屋と談話室が用意されるのよ。なんだか、刑務所みたいじゃない?」

すかさず、丈が続けた。

「はは、刑務所なんて知らないだろう。だけど、うんざりするほど規則が厳しいんだ。」

談話室も朝6時から夜10時までさ。」

「その代わり、部屋は快適よ。ベットルームとリビング、小さなキッチンにバスタブ付きのレストルーム、天窓から光の差し込む吹き抜け側にバルコニーもあるの。」

男女の行き来が全くできないシステムになっていることをあらためて確認してさくらの機嫌も直ったようだ。

「ねえ、今度の週末、うちの別荘に来ない。みんなで集まろうと思うの。」

さくらは丈しか目に入っていない。

「僕も行くつもりなんだ。美由紀もどう。」

僕はあわてて口をはさんだ。

「そうね、6人全員で集まるのもいいわね。」

「僕、日本に来るとき休みは必ず家族と過ごすって約束させられたんだ。」

「あれ、偶然ね。私もよ。でも行ってみたいな。毎日寮と学校だけって寂しすぎるもの。」

休みの日は必ず帰って来ることが日本の高校に来る条件だと2人は口をそろえていった。

「じゃあ、お休みの日は会えないってこと。」

さくらの目が大きく見開かれる。やばい、これは大変なことになりそうだと思った時、

「まあ、しばらくはおとなしくしなきゃ。僕も作戦を考えるさ。」

そういって丈がさくらの頭をポンとやさしく触った。

さくらはちょっと驚いたようだったが、すぐに上機嫌になった。

「私も何か頼もうかしら。」

「美由紀、だめだよ。もう30分もすると夕食だろ。食べ残すとすぐ報告される。」

「寮生活って自由気ままと思ってたぜ。」

「まったく、ちょっとしたこともすぐ報告されるから家にいた頃の方が気楽だったかも。

丈もそう思うでしょ。」

「まあね。ところでさくら、もう少し時間あるかな。」

「もちろん、ここは落ち着くわ。少しゆっくりしていきたいな。」

あ、さっきまでイラついてたくせに。丈の一言ですぐ上機嫌になって、まったくげんきんな奴だ。それにしても髪を下した美由紀もかわいいな。僕も丈がさくらにしたようにさり気なく美由紀の髪に触れてみたかったが、彼のようにはできなかった。

僕はただ美由紀といつもと違う空間ですごせたことで十分満足して有頂天になっていた。

僕らはそれから30分程一緒に楽しい時間を過ごした。

ただ、僕は3階でのこの日の出来事で少し気になることがあった。それが何かうまく説明できないが、慌てるクロークの3人の様子と支配人の一瞬の鋭いまなざしがしこりのように心に残った。

この時の様子を詳しく一真に話したのはそれからだいぶたった秋の事だった。

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