日日草

@mazikkace

花言葉で伝えます



うたたねしていたのか。あわてて瑠香が顔を上げた時。オレンジ色の太陽は今まさに、ゆっくりと建物の影に消えていこうとしていた。

瑠香の目に映る景色はすべて、そう。頭上にずっしりと生えているカエデの木や足元に果てしなく広がる芝を染めているとろりとして甘い黄金のはちみつ色に輝いている。いったい何を見ているうちに寝てしまったのだろう。そんな気持ちでふとカエデの気を見上げると目の端に清閑なたたずまいの建物が目に映った。

黄金の国の騎士のようにいつも同じ前を向いているこの建物は、瑠香の知っている建物の中で一番大きくそして静かだった。

 瑠香が生まれてくる前はここから町の人たちを見渡し重たくそしてのびやかな音を町中に響かせ町の毎日を作り上げていた。けれど瑠香の生まれてくる少し前に町に襲い掛かった台風で壊れてしまいそれ以来一度も音を奏でていない。

少し前まで休まず毎日音を町中に響かせていた、この建物。また、毎年秋になるとやってくるサーカス団。その人たちが来る日はいつもより少し早い時間に一日の終わりの音が鳴り響く。そうすると町中の人がいつもよりも早めに仕事を切り上げ、サーカスを見に行くことが出来る。

 また、一年の終わりの日だけ外が明るいうちから音が町中を包み込みそして真夜中までなり続ける日がある。その日はどの家からもいい香りが立ち上り町中お腹の空くにおいが立ち込める。こうして何十年、何百年と町の人たちと共に過ごしてきたこの建物はこの町のにおいがした。そして町の人たちからそんな話を聞いていくうちに、瑠香は一つの夢を持つようになった。もう一度、あの音をこの町によみがえらせるという大きな夢を。瑠香はそのためにたくさん勉強し学校へ行くため町から離れた。

大きな街に出てたくさんの友達もでき楽しい毎日を過ごしているうちに、あっという間に時間は流れ去った。そうして瑠香は小さい頃からの夢をかなえるため、町へと戻ってきた。久しぶりに見るこの町はとても狭く感じた。そして、久しぶりに見るこの建物でさえ小さく見えた。

 それから何日間か、瑠香はこの建物に通い続けた。そして最後の日、瑠香は近所のおじいさんから聞いてしまった。もうこの建物は取り壊すのだということを。その言葉を聞いてから瑠香は修理をやめた。みんなの記憶と憧れの中で生き続ける方がこの時計塔にふさわしい。そんな気がしたから。

そうして、あっという間に最後の日になった。瑠香は荷物をまとめると朝一番の切符を買った。そうして最後にここへやってきたのだ。

うたたねをしていたせいか心なしか寒い。もうすぐ冬がやってくる。瑠香はそっと後ろを向くと小さくつぶやいた。

「ありがとう。」

最後に、持ってきた日日草の花束を添えると、瑠香は次へと踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日日草 @mazikkace

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る