鳥籠少女

今際たしあ

第1話

 聖女が生まれるとされる、純白に白銀の十字模様が施された成人女性の大きさほどの卵。

 千年に一度訪れるとされる白夜――――聖女が還るのはそのタイミングだ。十の歳を迎える際、聖女の光によって選ばれた者が卵の見張りとして側に仕える。それがルールである。

 一般人が聖女として崇めているのはただの偶像。

 その姿も、声も、何もかもが作り物の存在。本物の聖女は卵のまま、一人として還った所を見た者はおらず。

 僕たち"守人"は、俗世から隔離された都市の地下で時が訪れるのをひたすら待つ。衣食住の徹底。娯楽は無し。

 

 そして僕は選ばれた。第百期目の守人に。選ばれなかった仲間たちはこぞって処分されたよ。機密の漏洩を防ぐために。

 そんなことせずとも、僕らの言葉など戯れ言だと切り捨てられるだけだというのに。

「………………………」

 僕は今日も、緋色のリボンの付いたローブを身に纏い、パンと水のみを無言で腹に溜め込む。

 どのくらい前のことだろうか。最後に言葉を発したのは。最近は配給の人に話しかけることもなくなった。彼らは素顔を隠すように狐のような面を付けており、以前は言葉を返す者も少なくなかった。

 しかし、その者たちは翌日になると体格や背格好が変わっていた。僕が話しかけるまでは、毎日変わらぬ容姿をしていたのにも関わらず。

 きっと、彼らは僕に似た枷を掛けられていた。

 鳥籠の部屋から出ることは敵わない。聖女の光を受けたペンダントを片時も外してはならない。

 二十の歳を迎えた時点でその役目を終え、生涯も終わりを告げる。

 それが僕を縛る枷。破ることは決して許されない絶対の規律。

 けれど、僕はもうすぐ役目を終える。

 今日の夜を越えれば明日が二十の歳。つまり刻限。

 逃げ出そうと思えば、運命に抗おうともがけば、何かが変わっていたのかもしれない。僕が飲み干したコップを回収する配給の手も、今日は震えていた。少しは情が残っていたのだろうか。

 僕は最後に部屋を一周見渡した。

 穢れ一つ無い純白の壁に囲まれ、中心部には卵の入った大きな鳥籠が鎮座している。天井は地上を写し出すモニターになっており、一面の茜色が殺風景な部屋を彩っている。

 僕は遠くまで続く廊下が拝める鉄格子から離れ、卵を見つめて独り唄った。


 ――――一節、また一節。永遠かのように思えた時は、もうすぐ終わりを告げる。

 日は落ち、夜の訪れだ。夜を越えれば、能面を付けた者たちによって守人は処分され、再び新たな守人とが選ばれる。僕は役目を全うすることができただろうか。いや、こうして最期の時を迎えられたことが何よりの証明か。ガラスの心に亀裂はこれ以上入らない。せめて、身体に痛みを覚えぬままこの身を聖女に捧げたい。

 次に目覚めた時、偶像ではない真実の聖女に包まれていることを願い、僕は永い眠りにつこうと眼を閉じた。


 ――しかし、光が邪魔して眠れない。ペンダントが光って――――いや、夜だというのに部屋全体が輝いている。僕は片腕で目元に影を作り、慌てて天井を見上げた。

「――――――――白夜」

 そう呟いた瞬間、ペンダントから卵に向けて光線が放たれた。まるで鳥籠の鍵を開くように、卵に触れた光が四方八方へと伸びてそれを包んでいく。

 そして、卵に亀裂が走った。

 ついに、卵が還る――――僕は眩しさに目を痛めながらも、直視する他無かった。

「あ、あああ、ああ」

 恐怖。驚嘆。畏怖。感嘆。どれにも当てはまらないこの感情は形容しがたく、ただただ千年に一度訪れたその光景に見惚れてしまったのだ。

 卵は最後にもう一度激しく光を散らすと、粒子となって宙へ溶けていった。

 そして鳥籠の中に囚われるようにしてあったのは、腰まで伸びた白銀の長髪と穢れを知らない真っ白な肢体を持つ女性の姿。

 長い睫毛に、切れ長ではあるが大きな瞳が僕を映し出している。鼻筋は整っており、物腰柔らかそうな微笑みは僕の視線を捉えて離さない。

 仮面などではなく、人の顔。世の美を集結させたかのような形姿を前に、僕は腰を抜かしたまま口を魚の如く上下させていた。

 女性――――いや聖女は、鳥籠の格子の隙間越しに僕を見つめ、ころりと首を傾げた。

「ええと……おはようございます。神様」


 彼女の動きに合わせて波のように揺れる白いワンピースは、僕を未知の世界へ手招きしている……予感がそう、告げていた。

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