第5話 母に会うべきじゃなかった

歩いていくと小さな街があった。

空我は指を差し言った。

『あそこに見える街にあなたの母親が住んでいます。母親の名前は確か花鈴(かりん)でしたよね。ずっとまっすぐ行ったところに彼女の家はあります。私はここで待っているので、2人でゆっくり話して下さい』

秋は母の名前が花鈴だったかなどもう覚えていなかった。

この世界では苗字は名乗れないのは分かっていたが、母の名前すらおぼろげだった僕にとって、花鈴という名前は新鮮だった。

僕は空我に言われるがまま、道をまっすぐ歩き花鈴と書かれた家を見つけて、ベルを鳴らした。

中からはーいという声が聞こえた。

母さんの声だと瞬時にわかった。

扉を開けて出てくる母さんを抱きしめようと歩いて行こうとした時、母さんの隣には見知らぬ男の人がいた。

それを見て僕は踏み止まった。

母さんは僕を見てあの頃と変わらない屈託のない笑顔で駆け寄ってきた。

僕は母にぎゅっと抱きしめられた。

母は耳元で言った。

『あなたに会えて嬉しかった』

僕は母の耳元で母が僕に言って欲しい言葉をそのまま言いたかったけど、母に言ったのは違う言葉だった。

『母さん、あそこにいるのは母さんにとっての誰?』

母さんはあなたにとっては関係のない人よとはぐらかされた。

だけど僕は続けざまに言った。

『あの人は母さんが好きな人で。父さんが嫌ってた人なの?』

母さんは言いづらそうに言った。

『あの人は私にとって大切な人。私たちは付き合ってたの。あなたに黙っててごめんなさい。私たちはあなたの父親に車で轢き殺されたの。2人でデートしていたところをね。あなたには黙ってたけど、大切な人との間に出来てた私たちの子もいたの。秋、ごめんね』

僕があの世に来たのは母親に会うためだった。

あの世に行くなら死んでもいいとさえ思ってた。

なのに、あの世にすら僕の居場所なんてなかった。

会いたかった母ですら、僕の知ってた母じゃなかった。

僕は母に言った。

『母さん、僕はあなたにとって1番好きで必要な人になりたかった。僕じゃダメだったのかな...おかしいな...涙が止まらないや』

母の返答を聞かずに、彼はその場離れて空我の元へ行った。

空我は赤く目を腫らした秋を見て、どうしたのと言った。

秋は目を擦っていった。

『家族は僕を必要としてなかったみたい。本当に会いたかったわけじゃなくて、あのメッセージはただの懺悔だったみたいなんだ。転生なんてするんじゃなかった』

空我はこれからどうすると言った。

僕にもどうすることが1番いいのかすら分からなかった。

すると、空我が言った。

『居場所になるかは分からないが、今仮面サーカス団がこの街に来ている。彼らは仮面を被り、色んな動物に変化してみんなを驚かせている。仮面には魔力がある。彼らは周りから一目置かれている。そんな彼らは今団員を募集しているんだ。今日、面接があるから行ってみないか。もし、合格したら君も魔力を操れて、最終的には苗字を貰うことができるくらい凄い存在になれるかもしれないぞ。どうだい、やってみないか』

僕にはもう何も自分の意味すら見出せなかった。

だから、はい。と返事をして、面接会場のあるサーカス団に向かった。

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