7−3 だれが、わたしの心臓を動かしているの?




 窓枠に肘をのせ頬杖をつき、

 ほくと今井は、外を眺めていた。

 5階の校舎からは、都会の街並みが見渡せた。

 ねっとりとした熱気で、

 背中の汗がしたたり落ちていく。

 ぼくは遠くを見た。

 ビル群が、地表から湧き上がる陽炎でゆれている。




「小学校の、理科の授業だったの。

 先生が教えてくれたの」


 セミの大合唱が響いていた。

 ぼくは下方を見た。

 茶色のグラウンドに人の姿はなく、

 校庭には一本桜が青々と茂っている。


「体の中には、

 脳や、心臓など、臓器がいっぱいあって、

 たくさんの血がながれてるって」


 左、50センチの距離に、今井雪がいた。

 近く感じた。


「信じられなかった。

 先生がウソついて、

 わたしを、だまそうとしてると思ったの」


「疑い深い子どもだったんだ」


「そう。うたがい深い子どもだったの……」



 額をおおう前髪を指先でいじり、

 今井は、はにかむような口元をした。


「わたし、その先生を。

 ウソつき先生、って、町中に、

 ウワサをながそうと作戦をねったの」


「恐ろしい子どもだったんだ」


「そう、おそろしい子どもだったの……」



 今井の黒髪から、シャンプーの香りが

 ほのかにつたう。

 甘くてなつかしい、においがした。



「まずは実験してみたの。

 自分の指に、

 おしピンを刺してみたの。

 赤いジュースがでたの。びっくりしたの」


「赤い血がでれば、びっくりするよな」


「そう。びっくりする子どもだったの……」


 今井は自分の指のはらを見ていた。

 半袖のセーラー

 そこから伸びるほそい腕、肘、

 手首から指先までの仕草が子どもっぽっかった。



「理科の教科書をめくって、

 体の中の絵を見たの。

 そのとき、わたし、おもった」


「どう思った?」



 今井は下のコンクリートを再び見た。

 胸元の空色のスカーフもたれた。



「心臓とか、内蔵とか、

 ぜーんぶ。

 気持ちわるい。とおもった」


「まあな」


 彼女の言うとおりだ。

 冷静に考えると気持ち悪い。

 自分の体の中に、諸々の臓器が詰まっていて、

 大量の血が循環していると想像したら。



「わたし、自分を調べたの。

 そしたら、ドクッ、ドクッと、

 なにかが動いてた」


 あどけない少女のように、

 目をとじて、胸に手をあてる。


「そしたら、不思議な疑問が、ポコンっとでた」


「どんな疑問?」


 ぼくがきくと、君は顔を上げた。

 かあっと目を見ひらいて、

 だれもいない、水色の空に、問いかけた。



「だれが、

 ──わたしの、心臓を動かしているの?」










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