17-2 クリスマスイブの嘘



 

 生徒の姿がなかった。

 校内には、さっきまでの喧騒はなく、

 閑寂な空間に様変わりしていた。

 南棟の4階にある、二年A組へ向かった。

 雨音とぼくたちの足音だけがなっていた。




 【二年A組】



 プレートの文字が見えた。

 教室のドアが半分開いていた。

 だれもいない教室に入ると、

 なんだか泥棒みたいで緊迫感がある。

 室内はがらんとしてほの暗く、

 机と椅子が整然と並んでいる。

 暖房の余韻でほんのりと暖かく、

 お菓子を食べた後の、香ばしい匂いが残っていた。

 黒板に視線がいく。




──────────────────



 『メリークリスマス・イブ!』




──────────────────


 黄色いチョークで書かれ、

 クリスマスツリーの絵が大雑把に描いてあった。

 クラスメイトがパーティーでもしたのだろう。

 教卓の上には、雪だるまがいた。

 小さなぬいぐるみで、

 太い眉毛がつり上がり怒っている。

 手にすると、ふかふかして手触りがいい。

 今井は、窓側の前から3番目の、

 自分の席に座っていた。

 鞄に教科書を詰めこんでいる。



「雪だるま、かしてよ」


 今井が右手を差し出し伸ばしていた。

 雪だるまを彼女に放り投げて、

 ぼくは、窓の方を向いた。


「すごい雨だな」


「うん……。弱くなるまで、待つしかないね」


「親は、迎えに来てくれないのか?」


「うちは、ぜったい無理……」


「ぼくもだよ」


 絶え間ない濃雨のせいで、

 窓から見える街の実体が分からない。

 外の世界と隔絶されて、

 教室に閉じこめられた気分になった。

 雨よ、雨よ、

 もっと強く強く、降り続けておくれ。

 ぼくは胸のうちで念じていた。



「雪合戦をしたいけど。雪がふらないので、

 雪だるま合戦をはじめます」


 そう言うと、今井は立ち上がり、

 ドン、と自分の机の上に乗っかった。

 雪だるまのぬいぐるみを、がっしりと握り、

 腕を振り上げ、投げるポーズをとった。


「雪だるまの顔を、潰してますけど」


 ぼくは、そう言い返し、

 窓側の1番前の机の上に乗った。

 空席を一つはさみ、

 今井と膝をつき合わせる格好となった。

 前を見た。

 小柄な彼女のコートの肩に、

 雨粒の水滴がいくつも輝いていた。

 あらためて真正面で相対してみると、

 ぼくの心臓が反応してドキドキと躍りだしていた。


「ホイッ!」


 雪だるまを投げる今井、

 みしみしと机の軋む音がした。

 キャッチして、彼女にそっと投げ返す。


「上杉くんって、サンタクロース。信じてた?」


 今井はマフラーを首からほどき、

 コートのボタンをはずした。

 しろい喉元と、

 制服と胸のスカーフがあらわになった。


「信じなかった」


「なんで?」


 雪だるまが飛んでくる、ふわふわして柔らかい。


「小学生のとき、父から、

 サンタクロースはいないと言われ、

 現金をくれたよ」


「現金な、お父さんだったのね」


「そうだな、君は?」


 机の上に座る彼女へ、

 やんわりと雪だるまのぬいぐるみを投げた。


「わたしは、中学二年生まで信じてたよ。

 はずかしながら」


 今井は急にしおらしい声になっていた。

 ぱたぱたと足を前後に振り、

 藍色のコートをはためかせる。

 

「少し恥ずかしいな、それ」


「フフフッ。本音をいえば、いまでも信じてます」


 照れながら白い歯をこぼした。

 かざりけのない、

 無垢な女の子の片鱗がにじんでいた。

 今井雪を強く見た。

 黒い瞳、ちいさな唇、

 スカートからしろい足と、

 黒色のソックスが見えた。

 雨に濡れたコートのせいで、

 彼女の座っている机の表面が湿り光っていた。



「サンタクロース。

 なんで大人になると、信じなくなっちゃうの?」


 雪だるまがスピードを上げて飛んでくる。

 コントロールが悪くてキャッチが大変だ。


「現実を知るからだろ」


 今井は膝の上に雪だるまを抱えて、

 胸にたれる短冊チックな横髪をいじりだした。

 それから、

 ピン、ときたような顔つきに変わった。


「降臨しました。降臨しました。

 いいアイデアがおりてきたわ」


 どうせロクでもないだろう、

 と、ぼくは肩をすくめ両手を広げた。


「ああぁ──っ、忘れた。

 上杉くんの、ひどいリアクションのせいで!」


「人のせいにするな」


 う~ん、

 と目をつぶって唸りながら、

 足をぱたぱたと振り、思い出そうとしている。

 ぎしぎしと机は音を立て、

 内履きの靴ひもが飛びまわる。


「必殺技!

 ダーク・ホワイト・ブリザードォ──ッ‼︎」


「は!?」


 今井は突拍子もなく、

 覇気みなぎる声で必殺技を繰りだした。












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