3  お熱いのが にがて?

 考えあぐねた末、隼人はやと美都みつめんそうさんに相談することにした。美都麺はラーメン屋で、奏さんはそこの店主で、従業員を使わずに1人で切り盛りしている。もちろん人間のはずもない。


 いつもは鉢金はちかねで隠しているけれど、ひたいにもうひとつ、目がある。そう、三つ目 にゅうどうだ。探偵事務所『ハヤブサの目』の力強い援軍の一人だ。力仕事はもっぱら奏さん担当、そして奏さんの顔の広さと知識の広さを隼人は買っている。車を持っているので、時に運送係になる。


 わざわざ、行くよ、と電話して閉店時間に店に行く。奏さんも心得たもので、いつもは閉店前に売り切れるラーメンをちゃんと残してくれている。


 ラーメン好きの隼人、サングラスが湯気ゆげくもるのを嫌がって食べるときには必ず外す。だから他のお客のいなくなった閉店後にいつも行く。オッドアイを好奇の目で見られるのがイヤなのだ。


「奏ちゃん、ボク、ラーメン。チャーシューいっぱい入れてね」

 きっと隼人は、ラーメン食べに来た気になってる。


「ほいさ、隼人。チャーシュー倍量にしとくぞ。バンも同じでいいな?」


「えーーーっ! なに、それ! それじゃ、ボクがバンちゃんと一緒って事じゃん。ボクのほう、多くしてよっ!」

「判った、判った。隼人のは増やしとく」

「やった! 奏ちゃん、いつも気がくね。だぁ~い好き」


 ……隼人、大丈夫か? そんなに簡単にだまされていいのか? まぁ、いつものことだけど。僕は隼人についてって大丈夫なのだろうか? 奏さんが僕にウインクした。


 食べ終わるとあんじょう、なんでここに来たか忘れて隼人が帰ろうとする。


「隼人! さくたちの事!」

「朔……」

 一瞬、隼人の動きが止まる。


「バンちゃん! なんでもう帰るんだよ!? 肝心かんじんなこと、忘れてるじゃんか!」

いや、忘れたのは隼人でしょ?


「それがね、奏ちゃん、聞いてよ……」

座り直した隼人が奏さんに、朔たちの事を話し始める。


ひとなりの化身がだんだんけていく? 聞いた事ないなぁ……」

 話を聞いた奏さんも思案しあんがおだ。


「だいたい奴らはひとなりか、狼でいるか、どっちかだからなぁ。そりゃあ、バンみたいに一瞬で化身けしんするわけじゃないけれど、それだって見る見るうちに変身するからな。変化へんげにかかる時間を自分で調整する、って聞いた事ないしね」


 ちなみに僕は小動物とかきり変化へんげできる。


奥羽おくうのヤツ、何か言ってなかった?」

「奥羽ちゃんはカァカァ言ってた」

「バン、なにか聞いたか?」


奏さんが僕に話を振る。隼人じゃらちが開かないと思ったんだ。


「なにも……朔たちの異変を教えてくれたのは奥羽さんだもん。心当たりがあれば言うでしょ?」

「バン、甘いな。鳥類を信用するな。ヤツらにとって、あっちとこっちを結びつけて考えるのはオプションだ。言わなきゃしない。言えばするけど、文句も多い。気移きうつりしやすいしな。隼人を見てれば判るだろう?」


「奏ちゃん、今、ボクの事、馬鹿にした?」

「まさか、ホルス神を馬鹿にするなんて、おそれ多い」


 そう言いながら奏さんは冷凍庫からカップ入りのアイスクリームを取り出して、食えよ、っと隼人の前に置く。甘いものをあてがって隼人を黙らせる作戦だ。むふっ、と隼人がほほをフワッとさせて、嬉しそうな顔をした。


「んじゃ、隼人をうまくおだてて奥羽さんからも話を聞いてみるよ」

「いや、奥羽とは俺が話すよ。隼人と奥羽じゃ、うるさいだけで話にならん」

ごもっとも……


「あと、情報が得られそうなのは、ほほぜ。ヤツはいろんな生き物の記憶を食ってるから、知識が半端ない。今ならまだ高尾にいるはずだ。俺が連れてってやる」

奏さんは車を持っていて、交通の便が不自由な場所は、必ずと言っていいほど連れて行ってくれる。


 頬撫ぜには前回もお世話になった。青白い手の妖怪で、冷たい手で頬を撫でる、ただそれだけ。前回は妖怪『小袖こそで』の情報を頬撫ぜにもらった。その時、もうすぐ安住野に移動すると言っていた。


 妖怪『小袖』は小袖から手が伸びる妖怪で、僕は追いかけられて酷い目にあった。手だけの妖怪同士、頬撫ぜはよく知っていたらしい。ひょっとしたら友達なのかもしれない。


 僕はなぜか頬撫ぜに気に入られていて、行くと顔を撫で回される。められてるような感触もあるし、なにしろ、とっても苦手な妖怪だ。僕の失われた記憶が美味なんじゃないかと隼人が言っていた。


 僕の失われた記憶……生きたまま、首を切り落とされた記憶だろうか? 考えただけでもゾッとする。僕の名は『平敦盛たいらのあつもり』と言うのだと隼人が言っていた。知っている人はみな知っている人物なんだよ、と隼人が笑った。僕はそんな人のこと、これっぽっちも知らないけどね。


 頬撫ぜは撫でた相手の記憶を食べているらしい。だからと言って撫でられても、その人の記憶がなくなるわけじゃないので、気持ち悪いってだけの妖怪だ。僕の記憶がないのは死んだことによるショックのせいだと隼人は言う。吸血鬼として目覚めてからは普通に記憶が残っている。なにを普通と言うかは不明。便利な言葉だ。


「あとは、そうだな……高尾に行くなら天狗てんぐに会ってくるのもいいかもな。ヤツらの知識は全てを超越してるように見える」

「天狗さん達、隼人の事、ものすごく嫌ってるよ」


「隼人は天狗をうやまうなんてしないだろうからなぁ。天狗も古代エジプトの神様なんか神とは認めない。隼人は気付いてないだろうが」

と、奏さんが笑う。


「それじゃ、風神のオヅヌを探せ。ヤツは旋風かぜに乗っている。風が吹いているときに呼ぶんだ。オヅヌは馬鹿だが、相棒のメヅヌが賢い。医神だ。医神なら人狼の不調も判るかも知れない」

「医神か、頼りになりそうだね」


「だが、取り扱い注意だ。オヅヌとメヅヌは身体を共有しているし、いつも一緒にいる雷神デヅヌはすぐに怒って稲妻を落とす。デヅヌに何か貢物みつぎものを用意しておくのが得策だ。宝石に目がないぞ」


「なんだか寒いよ、バンちゃん! なんでこんなに冷たいもの、ボクに食べさせたんだよっ!」

 隼人がアイスクリームを食べ終わったようだ。


「ほい、隼人、お汁粉しるこ。熱いからな、ちゃんとフーフーしろよ」

小豆汁ぴよっ! 奏ちゃん、ありがとう!」

すぐに隼人がお汁粉に息を吹きかけ始める。これで『そろそろいいぞ』と奏さんが言うまでお汁粉冷ましに夢中になるはずだ。


「奏さんって、隼人の扱いもそうだけど、面倒な相手でも上手に対応するよね」

「そうか? これでも客商売してるからな」

 奏さんが照れ笑いする。


「そそ、いい忘れた。デヅヌに貢物する時は、三方さんぽうか、せめて折敷おしきか、ま、なきゃお盆でもいいだろう……に乗せて目の前に置くんだぞ。気にいれば、デヅヌは必ずメヅヌを呼び出す」


「気に入らなければ?」

「馬鹿力で思いっ切り張り飛ばされる」

ガハハ、と奏さんが笑う。


「メヅヌは貢物を保管したり運用する係だ。で、デヅヌに命じられて貢物へのほうたくわえた中から出してくれる。受け取りたくなくても必ず受け取れ」

「なにをくれるんだろう……受け取らないとどうなるの?」


「今の時期だとなんだろう。たいてい果物とかが多いな。レートは悪いぞ、大粒おおつぶきんでアケビ1個ってとこだ ―― そりゃおまえ、受け取らなきゃ、落雷を受け取ることになる。デヅヌは美女だがそれだけに一層 恐ろしい」


「……隼人が、まだマシに思えてきた」

「うん、隼人とキャラがかぶっているかもな。隼人を際限なく強烈にして乱暴にした感じだな。まぁ、メヅヌがいればデヅヌをなだめたりさとしたりしてくれるから、そうはひどいことにはならない……隼人、そろそろいいぞ」


奏さんがフーフーしている隼人に声を掛ける。


「わぁい、もう冷めた? 奏ちゃん、ボクのこと忘れちゃったんじゃないかと心配したよ。バンちゃんはすっかり忘れてたよねっ!」


 隼人はキッっと僕を睨み付けたが、お汁粉をズズズーーーッとすすると、にっこりして頬をフワッとふくらませた。

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