満月がいっぱい

寄賀あける

1  カラスがきたりてカァと鳴く

 事務所のソファーで隼人はやと転寝うたたねしている。ソファーの割れ目? 切れ込み? あそこに顔をうずめて、よく息が苦しくないなと感心する。


 僕はと言えばあまりの退屈に、そろそろ妄想ごっこでもしようかと思っていたが、隼人がを言いだしたので聞き耳を立てていた。


「 ……だからさぁ……ピーはピョッしないから……そう、もうピッピしない……無意味だから……」


ところどころピー語、好奇心を煽るつもりか? いったいどんな夢を見てるんだ、隼人?


 つい、悪戯いたずらをしたくなった僕は、隼人に話しかける事にした。寝言を言ってる時、話しかけちゃいけないって聞いたことあるけど、やっちゃう、どんな反応するか、見てみたいもん。


「隼人、今、なにしてるの?」

「……転寝うたたね。寝てるんだ、ボク。見れば判るでしょ、バンちゃ……えええっ? ピー状のピピピ?……できるか……ピ……」


―― こいつ、寝てるのか?


 夢がのぞけなかったことにガッカリした僕は気を取り直してコーヒーをれる事にした。隼人が寝てるなら、いいもん、一人でコーヒー飲んでやる。


 と、思ったけれど、コーヒーの匂いに気が付いて、隼人が起きるかもしれない。

『なんでバンちゃんだけ?』って、怒りだされても面倒だから、二人分の湯を沸かす。


 コーヒーが入ったタイミングで、事務所のドアが乱暴に開けられた。あの開け方は知っている。八咫烏やたがらす奥羽おくうさんだ。


 ちなみに、ここ、探偵事務所『ハヤブサの目』は所長の隼人 ―― 彫巣ほるす隼人と、何でも兼任の所員の僕、地搗ちずきばんとの二人所帯。所長、所員となっているが、一応、共同経営だ。八王子駅南口から、少し登ったところにある古い一軒家の1階が事務所、2階は3LDKの住居で隼人と僕が住んでいる。


 所長の隼人はハヤブサの化身と言われるホルス神、もともとは人形ひとなりだよ、と隼人は言う。右目は薄いレモンイエロー、全てを焼き尽くす『ラーの目』で、左目は薄い灰銀色、全てを見通す『ウジャトの目』のオッドアイ、人形ひとなりの時、他人目ひとめのある場所に行く時はイエローカラーのサングラスを欠かさない。


 そして僕は吸血鬼。源平合戦で首を取られた若武者らしい。僕を殺した張本人は、自分の息子と同じ年頃としごろだった僕を殺したことに気が引けたらしく、僕をよみがえらせようとした。でも失敗して、なぜか僕は吸血鬼になった。僕には吸血鬼として目覚める前の記憶がない。


「おぅ、バン。久しいな」

 こないだ顔を見たばかりだよ、と思いながら

「お久しぶりです、奥羽さん」

と、あわせてあげる。


 今日も奥羽さんは黒いハンチングに丸いサングラス、そして年がら年中着ている黒いトレンチコート、黒いブーツと真っ黒け。トレンチコートの表面は実は濡れてるらしい。カラスの濡れ羽色だと自慢していた。


「バン、手、洗ってたか?」

 前回来た時、次回まで手を洗っていたらコートに触らせてやると言って帰ったことを忘れずにいたらしい。でも、嫌だ、僕は奥羽さんなんか触りたくない。


「すいません、忙しくて洗ってないんです」

「なに!? おろか者め。せっかくのチャンスを棒に振ったな。まぁいい、今日は隼人に会いに来た。まさか、いない訳ではなかろうな?」


「はいはい、ります、居ります、ソファーで寝てます」


 以前、奥羽さんは隼人がいなかった時、怒って僕をつつきまわしたあげく、隼人が来るまで預かる、と僕を誘拐しようとした。まったく、隼人の仲間は自分勝手なヤツが多い。類は友を呼ぶってやつだ。


「うぬ……」

奥羽さんがソファーに近寄って、上から隼人を見下ろした。あわてて僕は耳をふさぐ。


「カア! カッカッカ!」


 向うの山まで届く大音量、そんなに大声で起こさなくてもいいんじゃない? ま、いつもの事だけど。


「ピーーーーーーーーーッ!」

 飛び起きた隼人、ついハヤブサの遠鳴をする。


「誰だ! ボクの縄張りに入ってきたカラスは? 食うぞ、食ってやるぞ!」

「俺だ、隼人、食うな。それとも食うか?」


「……奥羽ちゃんか。いや、遠慮しとく、奥羽ちゃん、絶対、美味しくない」

「なにおぉ! 食ってみなくちゃ判らんぞ?」


「フン! ボクの転寝うたたねの邪魔をして、ボクが睡眠不足で死んだらどうするんだよっ?」

「誰が殺したハヤブサ隼人♪」


「だぁから! カラスの肉は不味まずいんだよ! くさいのっ! 美味しくないってのは、遠慮して言ったんだい! せめてもの思いやりなんだってばっ! 軽いやりじゃないんだよっ? ヒナならまだ少しはマシかもしれないけど」


「カラスズ ベイビー ファイ クライ♪」


 歌も出鱈目だが英訳はもっと出鱈目……情けないし、頭痛がしそうだし、泣きそうになった僕は取りえず二人にコーヒーを出してみた。


 途端に二人はおとなしくソファーに座ってカップを手に取る。


「バンのコーヒーはいつも美味びみじゃ」

「あっまーい、うっまーい。てか、バンちゃんを呼び捨てにするな」


「砂糖を5杯も入れよって……味音痴あじおんち、甘けりゃOKだよな、隼人は」

「うっさい!」


 また始める気か? 始めさせていいのか?


「奥羽さん、今日はどんなご用事で?」

「バン、生意気に口をきくな、黙ってろ」


 奥羽さんが僕をにらみ付ける。


「俺は隼人と話しに来たんだ」

「ふーーん、何の話? バンちゃん、コーヒーお替り」


 はいはい……人使いの荒い事で。でも、まあ、頭が痛くなる騒ぎは収まるだろう。


「実はな、人狼の双子、さくみちるに頼まれてきたんだ」

「あの二人が奥羽ちゃんに何を頼むんだよ?」


「それがな、遠吠えで呼ぶものだから、行きたくなかったが行きたくなって行ってみたんだ」

「ふんふん、奥羽ちゃんらしいね」


「そしたらな、朔が弱り顔で話す横で、満はシクシク泣いててな」

「奥羽ちゃん、なんでミチルを泣かせるんだよ」


「俺は泣いてない。で、朔が言うには、体調が思わしくない、二人揃ってだ」

「奥羽ちゃん、病気?」


「それがな……」

奥羽さんが声をひそめる。


尻尾しっぽが生えてきた、らしい……人狼に尻尾が生える病気があるのか?」

「……バンちゃん、コーヒーまだぁ?」

「おぅ、俺にもな、バン」


「だから! バンちゃんを呼び捨てにするな」

「気にするな、隼人」


「尻尾の生えてない犬っていたっけ?」

「狼には尻尾、もともと有るな」


「やっぱり病気は奥羽ちゃん? 犬みたいな尻尾が生えた?」

「おい! 隼人、人の話を聞いているのか?」


「バンちゃん! コーヒー!」

人形ひとなりなのに、尻尾が生えてきた」


 やっと話が見えてきた。


「それでミチル、泣いてるのか」

隼人が真面目な顔になった。


 二人にコーヒーを持っていく。


「お待たせ」

「バンちゃん、のんびりコーヒー飲んでる場合じゃない」


「そうだぞ、バン、おまえ、話を聞いてなかったのか?」

奥羽さんまで、そんなこと言うか?


「砂糖、もう1杯、入れようか?」

「うん、バンちゃん気がくね。飲んでから朔の家に行こう。奥羽ちゃんも飲んでから帰って。さっさと帰って」

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