満月がいっぱい
寄賀あける
1 カラスがきたりてカァと鳴く
事務所のソファーで
僕はと言えばあまりの退屈に、そろそろ妄想ごっこでもしようかと思っていたが、隼人がヘンな寝言を言いだしたので聞き耳を立てていた。
「 ……だからさぁ……ピーはピョッしないから……そう、もうピッピしない……無意味だから……」
ところどころピー語、好奇心を煽るつもりか? いったいどんな夢を見てるんだ、隼人?
つい、
「隼人、今、なにしてるの?」
「……
―― こいつ、寝てるのか?
夢が
と、思ったけれど、コーヒーの匂いに気が付いて、隼人が起きるかもしれない。
『なんでバンちゃんだけ?』って、怒りだされても面倒だから、二人分の湯を沸かす。
コーヒーが入ったタイミングで、事務所のドアがいささか乱暴に開けられた。あの開け方は知っている。
ちなみに、ここ、探偵事務所『ハヤブサの目』は所長の隼人 ――
所長の隼人はハヤブサの化身と言われるホルス神、もともとは
そして僕は吸血鬼。源平合戦で首を取られた若武者らしい。僕を殺した張本人は、自分の息子と同じ
「おぅ、バン。久しいな」
こないだ顔を見たばかりだよ、と思いながら
「お久しぶりです、奥羽さん」
と、あわせてあげる。
今日も奥羽さんは黒いハンチングに丸いサングラス、そして年がら年中着ている黒いトレンチコート、黒いブーツと真っ黒け。トレンチコートの表面は実は濡れてるらしい。カラスの濡れ羽色だと自慢していた。
「バン、手、洗ってたか?」
前回来た時、次回まで手を洗っていたらコートに触らせてやると言って帰ったことを忘れずにいたらしい。でも、嫌だ、僕は奥羽さんなんか触りたくない。
「すいません、忙しくて洗ってないんです」
「なに!?
「はいはい、
以前、奥羽さんは隼人がいなかった時、怒って僕を
「うぬ……」
奥羽さんがソファーに近寄って、上から隼人を見下ろした。
「カア! カッカッカ!」
向うの山まで届く大音量、そんなに大声で起こさなくてもいいんじゃない? ま、いつもの事だけど。
「ピーーーーーーーーーッ!」
飛び起きた隼人、ついハヤブサの遠鳴をする。
「誰だ! ボクの縄張りに入ってきたカラスは? 食うぞ、食ってやるぞ!」
「俺だ、隼人、食うな。それとも食うか?」
「……奥羽ちゃんか。いや、遠慮しとく、奥羽ちゃん、絶対、美味しくない」
「なにおぉ! 食ってみなくちゃ判らんぞ?」
「フン! ボクの
「誰が殺したハヤブサ隼人♪」
「だぁから! カラスの肉は
「カラスズ ベイビー ファイ クライ♪」
歌も出鱈目だが英訳はもっと出鱈目……情けないし、頭痛がしそうだし、泣きそうになった僕は取り
途端に二人はおとなしくソファーに座ってカップを手に取る。
「バンのコーヒーはいつも
「あっまーい、うっまーい。てか、バンちゃんを呼び捨てにするな」
「砂糖を5杯も入れよって……
「うっさい!」
また始める気か? 始めさせていいのか?
「奥羽さん、今日はどんなご用事で?」
「バン、生意気に口をきくな、黙ってろ」
奥羽さんが僕を
「俺は隼人と話しに来たんだ」
「ふーーん、何の話? バンちゃん、コーヒーお替り」
はいはい……人使いの荒い事で。でも、まあ、頭が痛くなる騒ぎは収まるだろう。
「実はな、人狼の双子、
「あの二人が奥羽ちゃんに何を頼むんだよ?」
「それがな、遠吠えで呼ぶものだから、行きたくなかったが行きたくなって行ってみたんだ」
「ふんふん、奥羽ちゃんらしいね」
「そしたらな、朔が弱り顔で話す横で、満はシクシク泣いててな」
「奥羽ちゃん、なんでミチルを泣かせるんだよ」
「俺は泣いてない。で、朔が言うには、体調が思わしくない、二人揃ってだ」
「奥羽ちゃん、病気?」
「それがな……」
奥羽さんが声を
「
「……バンちゃん、コーヒーまだぁ?」
「おぅ、俺にもな、バン」
「だから! バンちゃんを呼び捨てにするな」
「気にするな、隼人」
「尻尾の生えてない犬っていたっけ?」
「狼には尻尾、もともと有るな」
「やっぱり病気は奥羽ちゃん? 犬みたいな尻尾が生えた?」
「おい! 隼人、人の話を聞いているのか?」
「バンちゃん! コーヒー!」
「
やっと話が見えてきた。
「それでミチル、泣いてるのか」
隼人が真面目な顔になった。
二人にコーヒーを持っていく。
「お待たせ」
「バンちゃん、のんびりコーヒー飲んでる場合じゃない」
「そうだぞ、バン、おまえ、話を聞いてなかったのか?」
奥羽さんまで、そんなこと言うか?
「砂糖、もう1杯、入れようか?」
「うん、バンちゃん気が
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