第2話:賑わう教室
十二月。
師走は気忙しいとよく聞くけれど、高校一年生の身にさほど実感がない。まだ二度目の月曜日だから、ではないと思う。
たしかに行きつけのスーパーでは、クリスマスと年末とお正月の品物が棚へ詰め込まれ。普段、家でゴロゴロしているのだろうおじさんたちの連れられた姿が観測できる。
おかげで売り場がせせこましく感じ、急いで買わないと必要な物がなくなる錯覚に陥った。
でもそれだけだ。昼休みにクラスのみんなが窓際のヒーターへ集まる光景なんか、むしろ日常でほのぼのとする。
私も後ろの席の子と机を向き合わせ、いつも通りお弁当を食べながらのお喋りに花が咲く。
「あれ、メッセージ来てる」
不意に
「クリスマス会やるんだって」
「
「うん。ええと二十二日、木曜日」
スマホのアプリ、オンスタがクラスメイト同士の連絡手段になっている。たぶん私のスマホでも、同じメッセージが見られるはず。
「行くの?」
「どうしよ、
潜められた後田さんの声が、主催者の裏のあだ名を言った。私たちは教室のおよそ真ん中。普通の声でも聞こえないだろうけど。
さておき、進んで行きたいとは思わないってことだ。
「うーん、木曜だよね。ポイント五倍だから、買い物に行かないと」
「ああ、そっか。いつも大変だね」
「そうでもないよ。毎週行ってると、面白いこともあるし」
件のスーパーに、週一回は必ず行っている。あと、七の付く日はドラッグストアがポイント四倍。
「好きなお菓子、買っていいとか? いいね」
「うん、まあ。そんな感じ」
私の想定と違った答えに戸惑う。
先月まで百五十円を超えていたキャベツが最近は百円を切っているとか、正解はそういうものだった。
そんな感じって? と後田さんは首を傾げた。私とお揃いみたいなショートカットが揺れる。
こういうなにげない、女の子らしい仕草を私がしても似合わない。などと考えるのとは関係なく、答えに困った。
もしかすると八十八円のブロッコリーに飛びつくのは、普通じゃないのかも。
「ちょちょ、鷹守。ジュース買ってきて!」
と、沢木口さんが突然に声を張り上げた。驚いて目を向け、ヒーターの噴き出し口を塞ぐようにもたれた彼女の視線を辿る。
「い、いいよ。なにを? 他の人は?」
「りんごのやつ」
そもそもどこかへ行こうとしていたらしい鷹守が、教室の出入り口からわざわざ戻った。窓際の一角、沢木口さんと数人からお金を受け取る。
彼と話したのは、三者面談のきりだ。なにかの時に「ちょっとどいて」くらいは言ったかもしれないけど、明確に意思疎通を図る機会はなかった。
沢木口さんたちをこのクラスの陽キャ、勝ち組とするなら。見るからに鷹守は陰キャで負け組。
パシられるのはかわいそうと思うけど、お金を巻き上げられてまでいるわけじゃない。
こんな時。良くも悪くも特別に目立たない、普通なことを良かったと思う。私はあの位置から遠く、陽でも陰でもない。
我ながら姑息に感じつつ、ほっと安堵の息を吐く。
「ていうか、なんで木曜日?」
教室を出ていった鷹守を見送る格好で、後田さんが問う。
まだ迷っているのか、木曜でなければ私も行けるという話か。
「週末とかクリスマス当日は、予約が取れないんじゃない?」
沢木口さん主催の会に、私も一度だけ参加したことがある。出欠は毎回問われるので、他に二、三回あったことも知っている。
自信を持って都会ですとは言えないこの辺りで、高校生が気軽に使える店は少ない。
私が行った時は、食べ放題の焼肉バイキングだった。あとはカラオケ屋さんと交互と聞いている。
三十人のクラスで半分以上が集まるのだ、よほど以前から頼まないと予約は無理だろう。
「だねえ。まあそれに、
後田さんの顔がこちらへ戻った。視線だけは、経由地の沢木口さんへ向いているけど。
ついでにわざとらしく、噴き出し気味の含み笑いを漏らす。
「本命って、いつもの?」
「違うよ」
今も集まっている男女の四、五人で、週末などもよく遊んでいるらしい。とは、これも後田さんから聞いたのだけど。
しかし彼女は私の推測に、首を振って否定した。
「彼氏に決まってるでしょ」
「社会人っていう? ほんとに居るんだ」
「うん。大きなジープみたいな車で迎えに来てるの、見た人居るよ」
彼氏とはどんなものか、漫画やドラマからの知識しかない。
でもまあ男女がどうこうという前に、車でどこへでも連れて行ってもらえるのは楽しそうだ。
「いいねえ」
「ね。夏はバーベキューとか行ってたらしいよ」
「へえ、面白そう」
「だよね。同い年とかだと、そうはいかないもん」
まずバーベキューをやったこともない私には、それ以上の想像がつかない。外で食べると三倍増しでおいしいなんてことも聞くし、やってみたいと素直に思う。
対して後田さんは、やけに情感を篭めて頷いた。
「後田さんも彼氏居るの?」
「居たの。夏まで」
「あらら、そうなんだ」
悲しそうにされたら、どう慰めていいか分からなかった。でも彼女はおどけた風に、「けっ」と吐き捨てる。
おかげで「残念だったね」と、当たり障りなく苦笑で切り抜けられた。
「うーん、よし。やめよ」
「え? ああ、クリスマス会ね」
「うん。高橋さん、行かないんでしょ? それならつまんないし」
「えー、そんなこと言われたら嬉しい。でもごめんね」
スマホをなにやら、たぶん欠席の返答をしつつ「仕方ないよ」と後田さん。
二年に進級しても、同じクラスになりたい。だらしなく顔が緩んでいないか気をつけながら、尊い友人を盗み見る。
「あれ。高橋さんも返事——は、できないのか。そうだった」
意外に早く、彼女の目がこちらを向いた。自身のことをやりつつも、また私を気にかけくれるのか。
両手を合わせて見せたのは、ありがたいという意味だ。
「うん、ごめんね。もし料金が上がったらいけないし、帰ってからやるよ」
普通に私のスマホも、定額でインターネットが使える。しかしWiFiでないと、定額の中でも高い限度額までは上がってしまう。
無駄遣いをするなと母に叱られるので、スマホを持っていても自宅の外で使ったことがほとんどない。
「そっか、私も帰ってからにしよ。よく考えたら、誘われてすぐに断るのもね」
「ああ、そうだね」
笑って頷くと、後田さんはスマホを置いた。昼休みはまだまだ残っていて、次のお喋りに移るのだろうと私には分かる。
「ねえ高橋さん。クリスマスじゃなくてもいいからさ、冬休みにどこか遊びに行こう?」
期末試験も終わり、今年は冬休みを待つばかり。
一番に賑やかな沢木口さんのグループだけでなく、きっとクラスの誰もが同じような話をしている。
先ほど教室を出ていった、ただ一人を除いて。
そっちの特別にはなれなくていい。また小狡く安堵を隠しつつ、「どこがいいかな」と頷いた。
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