第15話 錦秋劇場
「どうでしたか? ちょっと気合を入れすぎてしまったかもしれません」
「いや、すごく良かったよ。あんなに力の籠った劇を伯父さんは出来ないな」
「お父さん! 僕も頑張ったよ!」
勇一がぴょんぴょんと跳ねながらこっちにやって来た。
茉莉子おばさん、義展さん、正子おばさんも相席していたので僕はいつものささやかな日常なんだ、と小さく染みわたるように噛み締めた。
「おお、辰一。よくやったな。なかなかの出来だったよ」
当初は分が悪かったような態度だった義展さんも今では会うたびに普通に褒めてくれる。
今でも稲刈りの手伝いや家の前の草むしりなどの掃除、草刈など僕が熱心まではいかないかもしれないけど、一生懸命やるように手伝うようになってから、優しくしてくれるようになった。
後ろで茉莉子さんと正子さんが何か、言い合っている。
ささめきこと、ひそひそ話をするように僕には二人が見えた。
僕はその不安な光景を見て、僕の夕霧がかかった父さんを引き合いにそういう意味だったのか、と変に納得した。
スマートフォンを閉じた伯父さんの顔色はどんどん悪くなった。
僕が父さんの秘密を知っている事実を案じているのだろうか。
「前にこの劇があったとき、木花開耶姫は誰が演じたんですか」
伯父さんの目の色は今までで一番悪そうだった。
「千夏だよ。綺麗だったものさ。螢ちゃんも着ていただろう。あの撫子色の装束を身に纏って演じたのさ。でも、その話はあまり千夏の前ではしないでほしいな」
伯父さんは持っていたスマートフォンの液晶画面を小さく当たるように、スマホカバーの蓋を閉め、おもむろに体育館を出て行った。
あの人はさんざめく、文化祭にとうとう来なかった。
あの人は秋口が到来してから、具合が悪化し、早朝から寝込んで、何日も動けなくなっている。
僕が父さんの秘密を知った反応を機敏に感じて、あの人は体調を崩したのだろうか?
秋風がこの奥山に靡き、ノスタルジックな異世界を暗示している。
さようなら、嘶く月鈴子、金琵琶、絡線虫、轡虫、その虫が音を連れた忘れ音よ、僕を晩秋の銀河鉄道に乗車させてくれ、と眺めながら僕はこの縹渺たる錦秋劇場で立ち尽くしていた。
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