第003話「秘密基地 ①」

 眼鏡の青年の名前は吉田といった。

 化学を専攻している大学生だ。

 彼は慣れた足取りで露天風呂から出るとプレハブの密集した地帯へと向かっていった。

 その奥には玄太郎も時々利用する温泉施設。プレハブはその駐車場に集められているのだ。


「ようこそ、我らが秘密基地へ」


 少しおどけたように吉田はウインクする。

 

「吉田さんがこの基地を?」


 玄太郎が周囲を見回しながら尋ねる。それは建築現場でよく目にするプレハブ式の建物だった。


「いえ、ボクだけの力ではこんなことできませんよ。ボクにできることは分析とか開発ぐらいです」


「それにしては……」


 先程、玄太郎がいた露天の浴槽だけでもかなりの労力だ。簡易とはいえこれだけの施設を造るとなるとかなり大変だろう。


「そうですね。言葉で説明するよりも見てもらった方が分かりやすいですね」


 吉田は大声で「みなさん集合して下さ――い!」と叫んだ。

 声に合わせて周囲からわらわらと人が集まってくる。

 あっという間に三十人程が集まった。


「この人たちは……?」


 集まったのは年齢も性別も、着ている服から職種もバラバラだった。しかし、もともとが狭い町内、見知った顔がいくつもあり玄太郎は顔をほころばせた。


「彼らはここの【三渓の湯】で【蘇生】した町の人達です」


「よお、玄さん!元気だったか!」


 顔なじみの男が声をかける。その男に「ああ」と返事をして玄太郎はふと首をひねった。

 果たして、【蘇生】とは何のことだろうか?と。


 ◆ ◆ ◆ ◆


「野犬が町中で人に襲い掛かるという事件が発端でした。この病気のことをボクたちは【ZOMBIE】と呼んでいます」


 ホラー映画で言うところのゾンビだ。

 吉田の話によると。野犬による襲撃事件から人々が次々とゾンビ化するという事態が発生した。事態が公になった時には既にゾンビ化は世界中に蔓延してしまっていたのだ。

 ゾンビ化にはいくつかの特徴があった。

 

 ・視覚ではなく聴覚で獲物を求める

 ・ゾンビに噛まれた生物は2~3日中にゾンビ化する

 ・夜間になると身体能力が向上する

 ・ゾンビ化した者は生命活動は停止するが腐敗はしない


「死んでいるのに……腐らない?」


「ええ、不思議なことに生命としての活動は停止していますが、ここの温泉【三渓の湯】に入れると一週間から一ヶ月くらいで元の状態に戻るんです」


 それに気づいたのは、ゾンビ化したこの温泉施設の従業員がたまたま露天風呂に落ちたことがきっかけだった。

 その時すでに町の大多数の人間が感染しており、その中に吉田も含まれていた。

 なんとか【蘇生】の可能性を見出し、吉田は自らこの温泉に身を投げたのだ。彼の予想は見事的中し、彼は無事に【蘇生】することができたのだった。


「なんでこんなことになってしまったんですか?」


「分かりません」


 吉田は首を振るしかない。

 原因も不明なら、【蘇生】も謎だらけだ。


「一節には先日の火の玉騒ぎが関係しているという話もあります」


 火の玉――隕石による謎の病原体の蔓延、もしかしたら隕石はこの近辺に落ち、温泉の泉質を変化させたというのだろうか――全ては憶測であり、可能性はゼロではない。


「今は原因の究明よりも町の人たちを元に戻すことが先決です」


 ライフラインは既に破断している。

 少しずつ人々を【蘇生】させながら、ライフラインを構築していく必要があった。


「じゃあ、みんなでゾンビ化した人たちととっ捕まえて温泉に入れてしまえばいいじゃないか」


 玄太郎の意見はもっともだった。【蘇生】ができるということは病気で言うところの薬や抗体があるということだ。人海戦術で少しずつ仲間を増やしていけば決して不可能ではない。


「実は――それができないんです」


「できない?」


 玄太郎はまたも首をひねるしかなかった。 

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