ため池

維 黎

第1話

 私はため息をついた。なぜなら私はため池についたのだから。

 きっと相手が聞き間違えたのだ。

 私ははっきりと言ったはずだ。

 泰明軒たいめいけんに行きたいので地図を書いてくれ――と。


 たいめいけん=ためいけ


 いやいや。聞き間違えるか? 普通。

 そうなると私の滑舌が悪いということになってしまう。


 地図を渡された時、多少おかしいとは思ったのだ。商店街やビジネス街ではなく住宅地を抜けた先にあるのだなぁ、と。

 地図には『小高い丘の上、↓ここ』と書かれてあった。

 隠れた名店、もしくは穴場スポット的な店なのかと思いもしたのだ。


 地図の通り、小高い丘の上にぐるっとフェンスに囲まれた小さなため池があった。

 池の中に沈んでいるわけでも、何かボタンを押せば池の中からせり上がってくる訳でもない。

 ただのため池。

 

 じっと目を凝らしても有名中華飯店は見当たらない。

 排水管だか給水管だかの上に亀が一匹、甲羅干しをしているだけである。

 まさか上か!?


 いやいや。んなことあるかっちゅーの。

 念のため見上げてみるが、白い雲に青い空。良い天気だ。

 何が悲しゅーてこんな天気の良い午後にため池のフェンスに寄りかかっていなけりゃならんのだ。

 帰ろう。

 とんだ無駄足だった。


 ふと甲羅干しをしている亀と目が合った――ような気がする。

 ミドリガメなのかクサガメなのか詳しくないのでよくわからないが。

 なんとなくこのため池の主っぽいので『泰明軒たいめいけんの場所知りませんか?』とその亀に向かって私は声をかけた。


                    ――了――

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ため池 維 黎 @yuirei

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