第7話 サダミツとトキヒコ、宇宙に放逐される
戻ったサダミツは総務室のエラミスに食料と共に着替えの差し入れについて申し出た。しかし、エラミスの答えは予想外の物だった。
「心配いらないわ。司令官以外の人質は補給船が来たときにシャトルごとドックから自動操縦で放出することになっているの。本部も司令官とシャトルが盾になっていてはすぐに攻撃できないでしょ」
「シャトルはその後どうなるんですか」
「さあ、本部がどうにかするでしょ。それよりキョウゴク隊員、あなた私に隠していることはないかしら」
エラミスはサダミツにもたれかかった。思わずサダミツの右手が額を押さえる。
「あ、ありませんよ」
エラミスはたじろぐサダミツの腰から銃を抜き取り、サダミツの喉元に突きつけた。
「私があなたの行動をチェックしていないと思っていたの? 私を利用した上に裏切った卑劣な人には罰を受けてもらわないとね」
次の瞬間、総務室に「改革隊」の隊員たちがなだれ込んできた。
「サダミツ・キョウゴクを司令室に連行しなさい」
冷たく命じるエラミスの声を聞きながら、サダミツは思った。
(そうだった……俺はごまかしやお芝居が人一倍苦手だったっけ。本当に馬鹿だったよ)
「キョウゴク隊員、どうやら私は君にいらぬ期待をかけてしまったようだな」
ハジャの声には、もう前のような温かみは感じられなかった。
「我々は、無能な本部に味方し抵抗する者ならば一笑に付することができる。だが裏切り者に対しては別だ。君には今すぐ『タイタン』で定例パトロールに出発してもらう。ただし片道でな」
サダミツの心中に震えが走った。ハジャはかつて大航海時代の反乱者がボートに乗せられ海に放り出されたように、自分を宇宙に放逐しようというのだ。
「そうだ、トキヒコ・トリイ隊員が君に同行することになったよ」
ハジャがふと思い出したというように付け加えた。
「何故ですか、彼には関係ありません」
抗議するサダミツに、ハジャは嫌味を込めて答えた。
「カサトキン隊員と一緒に君の『放出』準備をするよう命じたら、『僕も一緒に乗せて下さい』と言ったんだ。君も素晴らしい後輩を持って幸せだな」
「はい、私には出来過ぎた後輩で……」
ハジャがショックガンを放ったため、サダミツは返事を最後まで言い切ることが出来なかった。
○
いつの間にか、サダミツは宇宙船の内部らしき空間に立っている。目の前の窓の向こうには、モスグリーンの大きな恒星と赤い小ぶりな恒星が光っている。
(連星か。ケルブが言ってたな。『俺とトキヒコが組めば連星のようになる』って。……そういえばトキヒコはどこに)
サダミツは辺りを見回したが、緑色の光が降り注いでいるだけでよく分からない。そのうちに緑色の光がサダミツを包み込み、意識が遠のく……。
○
次に目を覚ました時、サダミツは「タイタン」のなじみ深いシートの上に横たわっていた。自動操縦モードになっているようで、体に微かな不快感が伝わってくる。ワープホールを移動している時の感覚だ。腕時計を見ると、「5月15日 12:00」と表示されている。ワープホールによる時間短縮を換算してもどうやら半日近く意識を失っていたようだ。
(火星基地に補給船が来るまで後三時間だと?)
焦ったサダミツが辺りを見回すと、ナビゲートシートにトキヒコがいる。まだ気を失っているようだ。サダミツは飛び起きるとトキヒコを揺さぶった。
「起きろ、トキヒコ」
「ウーン」
トキヒコは昼寝でもしていたかのように伸びをして体を起こした。
「あ、先輩、おはようございます」
サダミツはいつものように屈託なく呼びかけるトキヒコに戻ったことに安堵しながらも、自分の放逐に付き合わせてしまった事に罪悪感を感じていた。
「なんで付いてきたんだ」
「先輩が一人で死ぬなんて寂しすぎます。それに、もしかしたらご先祖が会った宇宙人が僕たちを助けてくれるかもしれませんし」
「宇宙人?」
「ええ、あれからずっとパソコンに解析させてましたから、光点の正体が分かっているといいかなって」
サダミツは火星基地に戻る前、パソコンにパスワードをかけていたトキヒコの姿を思い出した。
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないだろ。このワープが終わったら現在位置の確認と燃料チェックをしないと」
サダミツがトキヒコをたしなめたその時、体の不快感が止まった。ワープが終わったようだ。スクリーンには土星が映っている。ブリッジのコンピューターから警告音が発せられた。
『ワープにより残存燃料が10%を切りました。生命維持モードに移行しますので乗組員は宇宙服を着用して下さい』
「畜生、ケルブの奴、きっちり片道しか燃料入れなかったな」
思わず頭を抱えそうになったサダミツにかまわず、トキヒコはブリッジに置かれたままのパソコンを開いた。解除パスワードを発する。
「ケセル」
途端に、トキヒコの胸に下げたピルケースが光り出した。
「これは、ご先祖が書いていた『緑色の光』!」
トキヒコがピルケースをもどかしげに開けると、手のひらに緑色に光る石が転がり出た。光はそのまま生命維持モードに移行するため明かりの消えたブリッジに広がる。次の瞬間、二人の姿はブリッジから消えていた。
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