第4話 サダミツとトキヒコ、懲戒房に入る
懲戒房に連行されたサダミツとトキヒコは、ケルブによってようやく手錠を外された。もちろん、入口には監視カメラと警備兵がいるので、うかつな動きは出来ない。それでもサダミツはケルブに尋ねずにはいられなかった。
「何故、改革隊なんかに入ったんだ」
ケルブはあきれたようにサダミツを見つめる。
「そんなことを尋ねるとは、君は改革隊にまだ疑問を抱いてるな」
「確かにハジャ副司令官は戦艦長として長年活躍された方だし、目をかけてもらったことには感謝している。だがそれとこれとは話は別だ」
サダミツはケルブを横目でにらむ。
「それで、俺の質問には答えないのか」
ケルブは銃をサダミツに突きつけたまま答えた。
「ハジャ副司令官が火星基地の設備を更新し、新しい哨戒艇を配備するというから乗ったまでだよ。君だって『タイタン』のブリッジ機器は古すぎてトラブル続きだと散々ぼやいてたではないか」
「確かに『タイタン』は20年前の旧式艇だし、新型がもらえるなら大歓迎だ」
「そうだろうな。では食事と毛布を持ってくるから、一旦失礼するよ」
ケルブは銃を構えたまま懲戒房の外に出る。ドアが静かに閉まり、電子ロックがかかった。
「先輩、あのケルブって方、知り合いなんですか」
懲戒房のベッドに腰掛けたトキヒコが尋ねる。サダミツもトキヒコの隣に腰掛けた。
「ああ、俺の同期で養成学校時代からの友人さ。一流の整備士で『タイタン』の整備も担当している。皮肉屋だがいい奴だと思ってたんだけどな」
「でも、改革隊の事に関しては気が合わなかったんですね」
「相変わらず一言余計だな」
サダミツはトキヒコに突っ込む。トキヒコは押し黙ると、首から下げたピルケースを握りしめた。
やがてケルブが戻ってきた。懲戒房の扉に付いた窓から毛布の圧縮パックと二人分のミネラルウォーター、携帯食料を差し出す。受け取ろうとして立ち上がったサダミツを押しのけるようにトキヒコが窓に近づいた。
「ケルブさんは整備兵なんですよね。新人のカワナ隊員はどこにいるか知りませんか」
小柄なトキヒコが見上げるようにケルブを見つめている。ケルブはトキヒコに食料を渡すとぶっきら棒に答えた。
「もしかして、君が噂の首席君か」
「はい、養成学校首席のトリイです。もしかして彼女から聞いたんですか」
「ああ、カワナ隊員は司令官たちと一緒にいるよ。君が『改革隊』に入ると聞いたら、彼女の気も変わるかもな」
「人質になっているんですね。教えて下さい、無事なんですか」
トキヒコはさらに食い下がろうとするが、ケルブは一言言い放ってから窓を閉めた。
「いい返事を期待してるよ、おやすみ」
ケルブの足音が遠ざかる。トキヒコは肩を落とすとベッドに戻り、無言でサダミツに食料を差し出した。
「お前、彼女ができたのか。そんな話してなかったじゃないか」
食料を受け取ったサダミツはあえて明るく呼びかけた。トキヒコも落ち着きを取り戻したようで照れ笑いをする。
「そんなんじゃないですよ。ただ」
「ただ?」
「火星行きのシャトルで隣の席になって、僕が『タイタン』に乗ると言ったら『ぜひ整備させてください』って言ってくれたんです」
トキヒコはそう言うとミネラルウォーターを一口飲む。
「そうか。カワナってのは名字? それとも名前かい」
「名字です。メグミ・マーガレット・カワナ。メグメグって呼んでくれって言ってました。お父さんが日系アメリカ人で、お母さんがアフリカンだそうです」
(まさか)
サダミツは『タイタン』に通信を送ってきた作業服姿の女性のことを思い出した。
「もしかして、彼女は黒い縮れ毛に黒い目、黄色い肌だったりしないか」
「はい。どうしてそれを」
驚くトキヒコにサダミツは言い含めた。
「恐らく『タイタン』や各基地に向けて『改革隊』の蜂起を伝えたのは彼女だ。だが爆発音で通信は切れた。そのまま人質になったのなら、もしかしたら負傷してるかもしれない」
「そんな、僕たちこんな所にいる場合じゃないですよ」
トキヒコはあわててミネラルウォーターのキャップを閉め始めた。
「だが、今のままでは情報が少なすぎる。まずはここを出てからだ。そのためには」
サダミツは自分の携帯食料を掴むと食べ始めた。
懲戒房にトキヒコの寝息が響いている。大口論の末、トキヒコにベッドを譲ったサダミツは毛布を被って壁にもたれかかっていたが、頭には様々な疑問が渦巻いていた。
(ケルブはどうして仲間を裏切って『改革隊』に入ったんだ。あいつがそんなことをするなんて信じられない。それともハジャに丸め込まれたのか?)
サダミツの脳裏には養成学校時代にケルブとした会話がよみがえった。自分の先祖が第二次世界大戦で捕虜となり、空襲で家族を失ったことを話したところ、ケルブは両親が火星旅行中に宇宙船事故で亡くなったことがきっかけで整備兵になったと打ち明けてくれたのだ。
「サダミツの体の中には平和を願う熱い血潮が流れているんだよ。素晴らしいことだ」
普段とは違い、熱を持ったケルブの眼差しをサダミツは思い出していた。
(人の心なんて変わりやすい物だというが、ケルブ、お前もそうなのか)
翌朝、懲戒房にケルブとハジャたちがやって来た。ハジャが尋ねる。
「どうだい、決心は付いたかね」
「はい」
サダミツはトキヒコの顔をチラリと見ると答えた。
「私を『改革隊』に入れてください」
「先輩!」
トキヒコが驚きの声を上げる。ハジャは顔をほころばせながら言った。
「さすがはキョウゴク隊員、話の分かる男だと思っていたよ。もちろん、後輩の君も来てくれるのだろ」
トキヒコは唇をかみしめると口を開いた。
「人質のみんなの無事を保証してくれるのなら、協力します」
途端にハジャの顔から笑いが消えた。
「キョウゴク隊員は私と来たまえ。もう一人はカサトキン隊員の監視下で人質の世話係を命じる」
「了解しました」
ケルブがトキヒコの肩を掴む。
「では行こうか、キョウゴク隊員」
ハジャの後をついて懲戒房を立ち去るサダミツは後ろを振り向かなかった。
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