シルエットの遺言

鈴風一希

チュートリアル

語る声を聞き分けて

“キーンコーンカーンコーン”


『彼女のことを守ってくれる人いないかな。』


聞こえるのは授業始まりの予鈴と、授業の空気に合わない台詞だけだった。


先生にはその大きめの声が聴こえていないらしく、授業がそのまま始まる。周りの生徒も当たり障りのない授業態度で黒板を見つめた。


どうやら動揺を隠せないのは僕だけのようだ。


少し見回して、声の発信元を探す。


『彼女のことを守ってくれる人いないかな。』


またしても聞こえるその声は、クラスの中心に位置する、サッカー部の少年...の影から聞こえるものだった。


授業が終わった瞬間僕はそそくさとそのサッカー少年に声をかけた。


「もしかして、死ぬのかい?」


その一言は図星だったようで、彼の表情は見る見るうちに青くなっていった。


場所を変えるべく彼は急ぎ僕の手を掴み人気のない屋上の入口に着く。


「いきなり何を言う! そんなわけないだろ!」


咄嗟に取り繕ったその表情は微塵も冷静では無かった。真剣な顔で彼の事を見つめる。


「...なんでわかった?」


死に際に彼女のことを気にする男の人の小説を昨晩たまたま読んでいたから。と言ったところで、説明になっていないのだろう。知った理由は秘密にしておいた。


『彼女のことを守ってくれる人いないかな。』


影から聞こえた声は本人にすら聞こえていないようだ。念の為に「彼女の事、気にしてる?」と聞くと。


「そこまで知ってるのか〜。誰にも彼女いるって教えた事ないのにな〜。」


という声が返ってきた。


話を聞くと、どうやら彼は重たい病になってしまったようだ。医師に余命宣告までされ、自分より彼女のことを心配しているらしい。


昨晩見た小説では、彼女のことを思い悩んだ挙句別れることを、しかも最悪な別れ方をすることを選んだ主人公。


結局亡くなった彼を見て、突き放された理由を知った彼女は、不甲斐なさを胸に残してしまい、自殺をしてしまうという胸糞展開で終わってしまったのだが、ここにいる彼もその選択をしてしまうのか?


きっと全く同じことが起きてしまうのだろうと容易に予想ができる。それに彼の望みも叶わぬものとなってしまう。


「ただ本音で話し合えばいい。」


とだけ彼に告げて、僕は教室に戻った。



次の日、彼は彼女と本音で話し合ったらしい。


『ありがとう。俺の事を好きになってくれて。ありがとう、受け入れてくれて。今まで本当にありがとう。どうか幸せの日々を...』


彼が亡くなった後に僕は彼女に遺言を届けた。

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