空き地に居た猫
Nekome
空き地に居た猫
(……ここ、どこだろう)
たった今いじめっ子達から逃げてきた男の子、晃は困っていた。
複数人に取り囲まれ殴られそうになり必死に逃げてきた所、全く知らない場所に辿り着いてしまったのだ。
その場所は八畳ほどの小さな空き地。
背後には住宅地があるが、空き地の奥には森しかない。
(早く帰らなきゃ行けないのに……)
道に歩いている人々に聞けば済む話だが、晃にそんなコミュ力は無かった。
「にゃ〜お」
猫の声。晃は驚いて下を向いた。
目線の先には白猫が一匹、晃の顔を見つめていた。
「どこから来たの?きみ」
野良猫にしては人懐っこいし、放し飼いにしては痩せている。
「……もしかしてきみ、捨てられたの?」
白猫はもう一度鳴いた。そうだとでも言わんばかりだ。
「なんにも食べられるもの持ってないや」
白猫は晃にすり寄ってくる。
「何かあげたいけど、なにも持ってないんだ」
そう言うと白猫は残念そうに丸まった。
「僕、ここがどこかわからないんだ。きみはしってる?」
白猫は答えない。当たり前だ。
「早く帰らないとお父さんとお母さんに怒られちゃう。二人とも怒りっぽいんだ」
白猫は答えない。猫が喋ることは無いのだから当たり前だ。
「お父さんとお母さんのことあんまり言っちゃだめって言われてるんだけど、きみなら誰にも言わないでしょ?」
白猫とは会話なんてできないとわかっていても、晃は話し続けた。
「……僕のことを探しには来ないだろうから、帰る方法が無いんだよね」
しゃがみこんでいた晃の肩に乗っかり、猫は住宅地に向けて鳴く。
「にゃ~お」
「……聞けば良いって?むりだよ」
晃は俯いた。
「僕がどんなに人見知りかきみは知ってるでしょ?」
知るわけがない、初対面なのだから。
「それが理由でいじめっ子にからかわれるんだ」
晃は自分が嫌だと思っていることを熱弁し始めた。
「きみと僕は同じだね、ひとりぼっちで」
白猫は地面に寝転がりながら、静かに晃の話を聞いた。
「いじめっ子が一人だけだったら勝てるのに、複数人で僕をいじめるんだ。卑怯でしょ?」
猫はそっと晃を見上げた。
「なんでこんな話をするかって?いやだった?」
愚痴を言える相手が出来て、晃は嬉しかった。
この白猫は晃の話に同情もせず、静かに聞いていてくれるのだ。
晃は猫に自分のことを話し続ける。
「ここで言ったこと、他の人に言っちゃダメだよ?」
晃は言い聞かせるかのように白猫の体を撫でまわす。
心配しなくても、白猫が約束を破ることはないのに。
「きみはまた僕に会ってくれる?」
白猫グリグリと頭を晃に押し付ける。
それが答えだ。
それから晃と白猫はその場にある草を千切って、一緒に遊んだ。長めの草をむしり取り、白猫の前へ垂らし、白猫に捕まらないように揺らす。そうして遊んでいるうちにあっという間に日が沈み、夜になってしまった。
「ほんとに、どうやって帰ろうかな」
そう言い白猫の体を撫でた瞬間、白猫は勢い良く走り出した。
「あ、待ってよ!」
白猫は晃の声を聞かず、颯爽と走り続ける。晃は白猫を必死に追いかけるが、人間と猫では猫の方が速いに決まっている。晃は白猫を見失ってしまった。
(どっか行っちゃった……仲良くなれるとおもったのに)
普段運動しないせいで激しく脈打つ体を落ち着かせ、晃は顔を上げた。
「ここ……そっか」
晃の視界に映ったのは、自分の家だった。
(……案内してくれたんだ)
晃の頬が緩む。
(次は、一緒にご飯食べなきゃ)
あの白猫は何が好きなのか、そんなことを考えながら晃は家のドアを開け、ただいまと呟く……前に、二人の男女の金切り声が響いた。晃の両親の声だ。
(またやってるんだ)
晃は気にせずに自分の部屋へと戻る。部屋の前にはコンビニで買ったであろう弁当が置いてあった。
乱雑に置いたのか、中の物はぐちゃぐちゃになっている。このお弁当が温まっていることが、かすかな愛情の証だ。
(ハンバーグ弁当……美味しいやつだ)
白猫と散々遊んだおかげでお腹が空いていた晃は、すぐに食べ終わってしまった。
(眠い……歯磨きとか、お風呂とか行かなきゃだけど、まあいっか)
晃は食べ終わった後の片付けもせず、布団に入った。両親の金切り声は留まることを知らないが、晃の睡眠の妨害にはならなかった。
朝、すがすがしい朝だった。晃は目を覚ます。
「……あ、お弁当のごみ、片付けないと」
ゴミを持って、リビングへと行くと男女はすでにいなかった。二人とも、もうすでに仕事場へ行ったのだ。
後片付けを済ませ、晃は外に出た。
今日は土曜日だから、学校はない。いじめっ子に会うこともないので、晃にとっては天国のような一日だ。
(あの子、いるかな~)
晃は辺りを見回し、昨日出会った白猫のことを探す。
ゆっくりと、晃は住宅街を歩く。
見知った景色から、見知らぬ景色へと変化しても晃は気にしなかった。それだけあの白猫と会いたかったのだ。
「あ……」
晃は、あるものを視界に入れてしまった。心臓の鼓動が速くなっているのが分かる。
晃はそれに手を伸ばし、触れてみる。それは冷たかった。
あるものとは、白猫の死体だった。
(死んじゃったんだ)
晃に恐怖感はなかった。寂しいとも思わなかった。晃が感じたのは、緊張感だけだ。
「ひんやりしてる」
晃は冷静に白猫を抱え上げる。
「死んじゃったんだね」
白猫は答えない。当たり前だ。だが推測することはできた。白猫の体や顔には棒のようなもので殴られた跡があったし、おそらく近所の子供にいじめられて死んでしまったのだろう。
「僕、きみに聞きたいことがあるんだ」
白猫は答えない。当たり前だ。
「きみは今幸せ?僕に教えてよ、知りたいんだ」
白猫は答えられない。もう死んでいるのだから。
END
空き地に居た猫 Nekome @Nekome202113
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