コンティニュー出来るゴブリンの逃避碌

@ninaku

第1話


信じられないかもしれないが俺はゴブリンだ。


と、妙な前置きになったがまずちょっとした話をしよう。

突然だが皆、ゲームはするだろうか。

まぁ、今はスマホやPCなど無料のゲームが簡単に出来るご時世だ。

知らない方がおかしいと思うので、知らない人には申し訳ないが知ってる前提で話をしよう。

では皆、RPGは好きだろうか?

それはどこかの世界にいる勇者やら冒険者やらを操作し、装備やら仲間やらを整え、

長かったり短かったりするフルボイスのイベントシーンを見つつ、

最終的に魔王やら竜やら、はたまた機械生命体や創造神やら。

そんなハタ迷惑な輩を友情やら絆やらの人間賛歌とパーティの数の暴力で倒すアレだ。

とまぁ、散々やらやら言ったが、まぁ何だかんだ俺はそんなRPGが大好きだ。

誰だって一度はRPGの世界に行きたいと思うように俺も行ってみたい。

俺と同じ十五歳の夢見る少年男子ならだれもがそう思うはずだ。


――死ぬほどそう願っていたら、何と死んだ時にその願いは叶った。


それはさながら少し前の異世界転生物における既定路線(テンプレ)のような流れだった。

ある日の朝、寝坊し慌てて家を出た所でトラックに魅かれ、

訳も解らず意識を失った暗闇で女神に会い、そいつに俺の心残りを伝えると、

哀れに思った女神が『では、あなたの理想の世界へ送ってあげましょう』と力を発揮。

眩い光に包まれ目を覚ました時。

俺はめでたく望んでいた世界で第二の生を授かっていた。

都会ではついぞ見ない広い青空の下。

見渡す限りの草原や綺麗な湖に遥か高く聳え立つ山々。

馬車が行く街道の先には中世ヨーロッパのような壁に囲まれた街。

見えるものはどれも紛れもないRPGの、何度も夢見た理想の世界。

すぐに俺はこれが現実の光景かと目を擦ろうとして――気付く。

身体の前にある俺の手が何かを持っている。

それは朽ちた木のこん棒。

ついでに言えば、それを握る手は何やら筋張った緑色の小さな手だった。

胸騒ぎがする。

そう思った俺は慌てて湖へ駆け寄り、そこに映る自分の姿を確認する。

こん棒を持った緑色の皮膚をした小鬼のモンスター。

どうやら俺はそのゴブリンになったらしい。

『なんでだぁああああああああああッ!?』

そう気づいた時は思わず叫んださ。

叫んだとも。

しかし、そう叫んだ言葉は悲しくも『ゴギャアア』というゴブリン語でしかない。

その時、『あの、すみません』と俺の脳内でややエコーがかった美しい女性の声が囁かれた。

それは聞き覚えのある女神の声だ。

しかし、その声は初めて聞いた優しくも威厳のある感じとは違っており、

まるで衰弱死しそうなス〇夫のような声でボソボソと、


―― ホントすみません。勇者じゃなくてゴブリンに転生させちゃいました ――


と。

そして、ここまでで回想は終了。

女神の些細な手違いがあったものの、

結果めでたく、このRPG世界にて俺の新たな物語が始まっ――

『ふざけんじゃねぞてめゴラアアアァァァァァァ――――ッ!!』

脳内に女神のエコーが残る中、俺は再びゴブリン語で絶叫した。まぁするよ、そりゃ。

しかし、女神の返事は一向に無かった。

もう一発叫んでやろうかと思ったその時、

「ひいいっ! 出たぁ! 魔物だぁ!」

(――――?)

ふと遠くで聞こえた怯えた声に意識を向ける。

と、そこではなだらかな草原の先に見える街道でガタゴト走る馬車が見えた。

御者台にいる商人風の太ったオッサンは慌てて馬を走らせている。

どうやら俺が叫んだのを聞いて、血の気が多い魔物が出たのだと思ったらしい。

まぁ、実際そうだが。

で、俺は何気なしに走ってゆく馬車をじっと見ていると、馬車の荷台にある大きな幌(ほろ)に大きなマークが書かれているのに気づく。

それは荷の中身を知らせるように、マンガ肉みたいな『食料』を表すマークだった。

それを見ると同時、俺の出っ張った緑色の腹がグウと鳴る。

(――そういや、腹減ってんだよな)

思えば数分前の俺は寝坊して、朝飯も食わずに家を出ていた。

このまま魔物の姿だと飯屋で飯も食えないし、というかまず街に入れない。どうしよう。

(あの馬車のオッサンから分けてもらえないかなぁ)

どうせこのままだと飢え死には目に見えている。

それに、あの馬車。

荷台がデカいせいか、今なら走ればゴブリン(俺)でもすぐに追いつきそうだ。

追いついて俺がこん棒で二・三発こづいて脅せば喜んで分けてくれるに違いない。

『よしッ! 行くぜ!』

一瞬、『それは略奪では?』という言葉が脳裏をよぎるが今の俺はゴブリンだ。

こうなったら自分の個性を生かさねば。

覚悟を決めた俺は馬車めがけて草原を全力疾走する。

万一相手に抵抗されても、こっちには丁度手ごろな初期装備(こん棒)がある。

あのオッサン一人相手ならきっと楽勝だ。なんせこちとら魔物だ。

まぁ命までは取るつもりは無いから、安心してくれ。

そして全力疾走する俺は馬車の進路を塞ぐように草原から街道へ飛び出した。

俺(ゴブリン)の登場にビックリした馬が嘶き、足を天に上げ立ち止まる。

オッサンも「ひいいっ!」と顔面を引きつらせ、大慌てだ。

(ワハハ、怯えてるな。ふむ中々いい気分だ)

そして、そのオッサンは怯え切った声でこう叫んだ。


「ゆっ、勇者さま! それではお願いしますぅ!」


(え? 勇者? …………勇者ぁッ!?)

次に驚くのはまさかの俺の番だった。

――おいおい嘘だろ!? この馬車護衛がついていたのか!?

驚く俺の前。

馬車の中から『わかりました!』と元気のいい声が響くと、そこから誰かが飛び出した。

現れたのは転生前の俺と同じごく平凡な少年。

しかしそいつは、村人らしいファンタジーな布の服の上下。

加えて胸を覆うプレートガードと鉄のショートソードで簡単な武装を取っていた。

勇者というからにはビビったが、随分とショボい装備だ。

(あれ? これなら俺でもワンチャン倒せそうなんじゃないか?)

確信を得た俺はこん棒を握り締め、ゴブリンっぽく叫びながら勇者へと駆け出してゆく。

『ゴギャアア!』

(よし、初戦闘だ! 行くぞ!)

ともかく意気揚々と俺が駆け出し、勇者にドンッ! とぶつかったその時。

突如、シュウウウン、という風を切るような音と共に視界が暗転した。

(へ?)

そして、訳も分からぬまま俺の脳内に妙な二次元イメージが流れ込んできた。


ゴブリン が 一体 現れた!▽


簡素な文章を表示する横長のテキストウィンドウ。

広い草原の画像。

何故か走り出そうとした体勢のまま固まったゴブリン。

対する、やけに小さい二頭身ほどの小人。

(あれ、これって……)

強烈な既視感を感じつつ、俺はその小人の下にある小さな四角のウィンドウを見る。

そこには見慣れた文字と数字が並んでいた。

―――――――

HP 200

MP 30

―――――――

そしてそのウィンドウの上には俺が襲い掛かろうとした勇者の顔がある。

間違いない。これは――

(RPGの戦闘画面だ!)

それは親の顔よりもよく見たかもしれないRPGには欠かせない戦闘画面。

しかし、何故かそれは俺が勇者と戦う『ゴブリン視点の画面』ではなく、

『勇者視点の画面』だった。

俺の脳内イメージでのその画面の中は時が止まったように完全に静止していた。

威勢よく出てきた勇者も動かず、ゴブリンの俺は間抜けにこん棒を振り上げて固まっている。

戦闘に入りたいのだが、どうすればいいのだろうか。

そう意識すると、突如俺の脳内イメージ――戦闘画面の左下に別のウィンドウが表示される。

たたかう

にげる

表示されたその文字も見慣れたものだった。

勇者の行動ウィンドウだろうか。魔法は無いようだが……。

てか、意識したら出たけどコレ俺が出したのか?

どうやらその通りらしく、表示されたその行動ウィンドウは誰かの操作を待つように静止した世界の中唯一、『たたかう』の部分をゆっくり点滅させていた。

俺が待てども、それから何か動く様子はない。

試しに俺がそのウィンドウに意識を向けると、点滅部分はあっさり俺の意思に沿って『たたかう』と『にげる』を行き来した。

(……おいおい。まさか、これも俺が操作するのか?)

ゴブリンなのにゴブリンを倒す勇者を操作するとはこれ如何に。

まぁ、とにかく選んでみるとしよう。こちとらこういうのは慣れている。

まず『たたかう』は論外。俺が痛いだけだ。

となると、選ぶのは――

(『にげる』、だな)

悪いがここは勇者さんには逃げてもらう事にしよう。

こちらも暴力沙汰は望まない。お互い平和的にいこうじゃないか。

そう考え、俺が理性的な決断を下したその時。メッセージウィンドウが切り替わり――


にげられない! ▽


(へっ?)

いやいや! ゴブリン(俺)自身が逃げてくれって思ってるんだけど!

しかし何度選んでも結果は同じく『にげられない』。

どうやら画面のゴブリンは勇者を逃がす気は毛頭ないようだ。

なら、もう選択肢は一つ。

戦うしかないのか。

(…………)

やや葛藤がありつつ、俺は『たたかう』を選択。

すると、画面内の静止していた一頭身の勇者が突如動き出す。


勇者 の 攻撃!


解り切った簡素なメッセージと共に勇者がチョコチョコ動き、剣を振る。

そしてズバッ、という効果音と一閃するエフェクトがゴブリンの前で発生し――


シュン。


ゴブリンはあっさり消滅。

そして再び、俺の意識は暗転した。

「あれ?」

「あ。どうも。お疲れ様です」

暗転した視界の中、覚えのある声が聞こえてくる。

エコーがかった女の声。

間違いない。この声は――

「おい! 女神ィ! てめぇどこにいやがる!? ツラ見せろゴラァ!!」

「ごめんなさいごめんなさい許してください!」

俺の言葉に凄まじい速さで聞こえてくる女神の謝罪。

あれ? てか、今の俺普通に喋れてた?

「あ、そうです。今、あなたがいるのはゲームオーバー画面なんです」

そんな俺の意思を読み取ったように、いけしゃあしゃあと女神が答える。

ゲームオーバー? ってことは……。

「はいそうです。えっと、これからあなたに色々説明したいんですけどいいですか?

すごく大事な話なんです」

? よく解らないが、聞いた方がよさそうだ。

このダボ女神をボコボコにするのはその後でも遅くない。

「も、もう、冗談言わないでくださいよ~。それじゃあ説明しますね」

別に冗談じゃないんだけどなぁ。

俺を手違いでゴブリンにしておいて心当たりがないとは言わせんぞ。

そう考えていると、女神はイソイソと説明を開始した。

「まずゴブリンであるあなたは先程、勇者と戦闘して死にました。

ですが、あなたが意識さえすればすぐにさっきの世界へ甦れます。ここまでは解りますね?」

うん、まぁ解る。

コンティニューってやつだな。

RPGではお約束だ。

「そして甦った後もゴブリンとしてあなたは生きて行かなくてはなりません。解りますね」

うーん解らないなぁ。あ、ちょっと殴っていいかな。

「やめてください。重要な話はここからです」

何だよ。

「実を言うと、あなたがゴブリンから抜け出す方法が一つだけあります」

え。マジで?

「ええ。間違いないです。そして、そうすればあなたは今度こそ勇者になれます」

でも何だか怪しい消費者金融みたいなセールストークみたいだが、本当なのか?

「ええ、ええ。嘘だったら好きなだけ私を殴ってくれて構いませんので」

言ったな。

よし、言質取ったからな。後悔すんなよ。

で? 何をすればいい。こうなったら何でもやってやるよ。

「はい。ズバリ勇者を倒してください!」

無理です。

こちとらさっき初期装備丸出しの新米勇者にワンパンされたゴブリンなんだぞ。

そんなザコモンスターが勇者を倒すとか絶対に無理です。

お前がやってみろと言いたい。

「ふふ、安心してください。策はあります」

ほう、この女神なかなかどうして……。

ゴミクソドジっ子と思っていたがどうやら一応考えがあったらしい。

とはいえ、策とは一体どんなものだろう。

すると女神はまたフフ、と芝居がかった笑いを漏らすとこう言った。

「いいですか。私の策はズバリこうです。まず――」

それから俺は衝撃的な女神の説明を暫く聞いていた。

女神の提案する策。

それは割と常識的な作戦で、ポンコツ女神のくせにしっかりとした策に聞こえた。

ポンコツのくせに。

やがて女神の説明が終わった後、俺の視界は再び暗転。

そんな簡単なコンティニュー演出の後。

ようやく目が覚めた時、ゴブリンの俺がいたのは――


ラストダンジョン最奥のセーブポイント直前だった。


『あっ』

ゴブリン語で思わず声を出した俺の前。

そこには沢山のお仲間のモンスター達がおり、一斉に意識を向けてきた。

見るからに強そうな死臭を纏うゾンビドラゴン。

得体のしれない紫のプラズマ体。

禍々しい首無し武者。

そんなアンデット全開な、とっても物騒すぎるお友達。

哀れなこん棒装備のゴブリンはコンティニュー早々、

ラスダン最奥で楽しい場面に出くわした。

『は、ハロー……』

まずは友好的に挨拶を図る。

そして、そのモンスターたちも挨拶を返す――事は無く。

一斉に飛び掛かってきた!

『いやあああああ!? やっぱりねえええええ!』

当然、俺はすぐに全力疾走。

小さい身体を活かし、次元の違う強モンスター達の間を駆け抜けて全力で逃走した。

その中、女神の囁きが聞こえてくる。


―― あの、すみません、今ちょっといいですか? ――


まるで部活勧誘みたいなテンションでかけられる声に俺は逃げつつも必死に反駁する。

こちとら今またゲームオーバ―になるかの瀬戸際なんだ! 後にしろ!


―― じゃ連絡だけ。その、もう勇者さんラスダンの入り口に来ちゃったみたいです ――


珍しく真剣な女神の声に俺はイラつきつつも頷いていた。

ああクソ、こうなったらやるしかない。

それに失敗したときはやり直せばいいんだ。

こちとらコンティニューできるゴブリンなのだから。



ダンジョン最下層。

ゴブリンの俺は物騒な魔物の間を器用に駆け抜けながら女神とのやり取りを思い出す。


―― いいですか。あなたの目的は一つ。勇者が魔王を倒す前に勇者を倒すことです ――


「何だかとんでもない話だな。でも、そうしたところでどうなるんだ? 勇者も俺と同じでコンティニュー出来るんじゃないのか?」


―― いいえ。出来ません。この世界でコンティニューできるのはあなただけです ――


「は?」


―― いやぁ、実はこれも私の手違いでしてね。本来の勇者さんにコンティニューの権利をつけ忘れちゃったんですよねぇ…… ――


「……じゃ、この世界はゴブリンだけがコンティニューできるRPGってわけか。

クソゲーじゃねえか。勇者も災難だな」


―― まぁ、そんな訳で勇者は倒せます。勇者を倒せば世界の修正力が色々アレして、倒した人が自動的に勇者になるって寸法です ――


「なんかえらいテキトーだな。まぁいい、とにかく俺はどうすればいい?」


――じゃあ、作戦を説明しますね。ここからが重要な話です。


まず、これからあなたが向かうRPG世界のダンジョン構造についてです。

ダンジョンの構造は主に四つの『層』に分かれています。

1~3階までの『浅層』。

4~6階までの『中層』

7階~9階の『下層』

そして最後の10階。

これがボス部屋がある階層――『最下層』です。

で、これから私はあなたをその最下層へコンティニューさせます。――


「最下層にコンティニュー? それってヤバいんじゃないの?」


―― ええ、ヤバいです。最下層のモンスターは総じて強く、触った瞬間死にます ――


「じゃヤバいだろ。ここにきて、ふざけんなよ殴るぞ」


―― 安心してください。モンスターに接触しないよう逃げればいいだけです ――


「へ?」


―― 勇者と戦った時を思い出して下さい。どうやって戦闘画面に入りましたか? ――


「え? ……そりゃ、勇者とぶつかった時に――あっ」


―― そうです。戦闘条件はランダムではなく、シンボルエンカウント。つまりはマップ上を動き回るモンスターのグラフィックに触れなければ戦闘にはならないんですよ ――


「えらく俺の知識に合わせて解りやすく言うんだな」


―― こっちもマジですから。そして最下層のモンスターは戦闘時の素早さはともかくマップ上では動きが遅いです。しつこく追うようなこともないので、容易に逃げられます ――


『実際、女神の言った事はズバリ的中だったってわけだな……』

時は戻って現在、せっせと走りつつゴブリン語で呟く俺。

今、ラスダン最下層にいる俺はどうにかダンジョン内のモンスターから逃げられている。

女神の言葉は半身半疑だったが、これならこのアンデット空間でも当面は凌げそうだ。

とはいえ、これだけの策ではない。ここからがまた忙しいのだ。

俺は再び女神とのやり取りを思い出す。


―― コンティニューが無事に出来たら、まずは6階の中層まで駆け上がって下さい ――


「中層? って事は、ダンジョンの4~6階か」


―― はい。基本的に中層にはレベルを上げてこなかった勇者の救済用に強力な装備が入った宝箱が多くあります ――


「おお成程。じゃあ、それをまとめてぶんどって俺が装備する訳だな!」


―― いや、あなたゴブリンですから勇者様の武器を装備なんかできませんって ――


「言い方がムカつくがじゃあどうするんだ? 俺がまだ冷静なうちに答えてくれよ」


―― それは簡単。勝手に中身を取っちゃって下さい。ゴブリンでもそれ位できます ――


そんな訳でゴブリンの俺は今、物騒すぎる最下層の魔物から全力疾走で逃げつつ、

宝箱を奪う為にダンジョンを駆けあがり、やっと中層の6階にたどり着いたところだった。

よし。あとは、ひたすら宝箱を漁ってレア装備を捨てるだけだ。

一度捨てたアイテムは大体のRPGの仕様通り、ゲーム上のデータの海に消えるらしいので、勇者に拾われる心配はない。どこまでもゲームな世界だ。

そういえば勇者は今どこにいるのだろうか。

少し前にあのポンコツ女神が『勇者が来た』とか抜かしてから、もう二〇分ほど経っている。

(急がないとな……!)

使命に燃える俺は急いで中層を走る。

そして、いきなりデカいコウモリに見つかった。


―― あ。そういえば中層の魔物は最下層と違って見つかるとしつこいです。だから絶対見つからないようにしてくださいね ――


『忘れてたああああああ!!』

致命的なミスを早速やらかしてしまった。

捕まったら、またあの暗黒空間からコンティニューだ。死ぬ気で逃げねば!

というか、宝箱の中身も捨てなければいけないんだっけ!? ああ、もう忙しいな!

そして暫くした頃、俺はようやく使命を果たし、4階の階段前までたどり着いた。

その頃には後ろの魔物は有名遊園地の行列みたいになっていた。

もういよいよ逃げることはできない。

ただ、これも作戦通りだった。

そろそろ女神から『合図』が出るハズ――


―― お待たせしました! もうすぐ勇者がその階段から降りてきます! ――


『よっしゃあ!』

瞬間、俺は階段の前から道を開けるように真横にズレる。

すると、間もなく階段から一人の武装した人間が現れた。

重厚な甲冑。

炎を纏うグレートソードに水を纏う大きな盾。

馬車から出てきたあの貧相な少年はもういない。

階段から現れたのは俺が死んでいた間に幾多の苦難(イベント)を乗り越え、

その果てにラスボスを倒しにやって来た――紛れもない、世界の救世主。

コンティニューの無い過酷な世界を生き延びた、正真正銘の勇者だった。

『……ッ』

何て威圧感。

さっき見た最深層の魔物なんて比べ物にならない、レベルの違いすぎる相手。

こんな奴、目が合っただけで殺されかねない。

逃げないと。

脳を満たす原始的な恐怖に体が突き動かされそうになる。

しかし、俺はそんな勇者を前にただじっと動かずにいた。そう、これでいいハズだ。

「…………」

勇者は前を向いたまま、動かずにいるゴブリンの俺を一度も見る事無く――

ただ真っ直ぐ。

無数のモンスターが犇めくダンジョンの奥へと向かっていった。

『こ、こえー……』

安堵する俺の前。

そこでは勇者が無言のまま犇めくモンスター達を次々と血煙と経験値に変えていった。

ゴブリンなど一切、見向きもしない。

当たり前だ。この勇者さんはこのゲームにだいぶ『慣れて』いる。

次々モンスターを処理するその様は実に無駄がなかった。

レベル差のステータスの暴力で、なおかつ弱点を突き。

強力な攻撃呪文を惜しみなく使い、最小のターン数で倒す。

戦闘後には非売品の霊薬(ラストエリクサ―)を躊躇いなく使い回復。

恐らく、このラストダンジョンで一気に消費するつもりらしい。

俺ならそもそも溜め込んだ挙句に使わないが。何かもったいないし。俺だけかな?

そんな感じで凄まじい勇者無双を後ろからこっそり窺っていると、女神の声が脳内に響く。


―― やりましたね! これでほぼ作戦終了です! おつかれさまでした! ――


『ああ……なんとか、な。はぁ~~……つかれたつかれた』

女神の言葉に安堵して俺は頷き、無双する勇者に気付かれないようにその場にへたり込む。

そう。作戦はこれでもう殆ど全て終了だ。

そう。これで終わり。

――これで哀れな勇者はこの後めでたくゲームオーバーになる。

俺は女神が提案した作戦の『目的』について思い返していた。


それは勇者を最深層のアンデッドに襲わせてやっつけることだった。


高いステータスに最高品の武器・防具。

それらに身を固め、今も洞窟を進む勇者は敵なしと言ってもいい。

しかし、ゲーム内で絶対に無敵の存在がいないように勇者にも弱点は存在する。

それがアンデッド。

女神の話によるとこのゲームのアンデッドは妙な性質を持っており。

驚くことに、今、目の前で無双する勇者では傷一つつける事が出来ないらしい。

あらゆる属性を吸収し、聖なる光のみにひれ伏す魔性の存在。

今、この中層で無双する勇者は『ゲームに慣れた』故に、自らの装備や強さを過信。

結果、最下層にいるアンデッドさんへの対策を怠っていたのだ。

まぁRPGをする人なら解るが、そう言った油断はよくある事だ。

よってこのゲームにはきちんとその救済策として、アンデッド特攻の装備がそれとなく宝箱に収められている。


しかし、その装備は名もなきゴブリンが中層の魔物から逃げまくりつつ、すべて捨てていた。


それが女神の作戦。

卑怯な作戦ではあるが、まぁこうしてうまくいったことだ。

今は無事に作戦が終わった事を喜ぼう。

『なあ、女神よぉ』

―― はい、なんでしょう。 ――

『確認なんだけどさ、俺、この後ちゃんと勇者になれんだろうな?』


―― もちろん。作戦を話す前にあなたと約束してたでしょう? 私だってボコボコにされるのは嫌ですからね ――


『お、ちゃんと覚えてたか』


―― ふふん。あ、勇者がゲームオーバーになりましたね ――


『ん。もう?』


―― ええ。これで彼はまた別世界でレベル1の勇者として歩むことになります。おーい勇者さーん。コンティニューつけ忘れてごめんなさいねー ――


『……何か不安になって来たんだが』


―― 大丈夫ですって。これであなたがこの世界の勇者になる筈です。世界の修正力舐めないでください。ほらっ ――


その瞬間。俺は白い光に包まれてゆき、ゆっくりと意識を失ってゆく――

やがて、俺はどこか見覚えのある場所で目を覚ましていた。


「あれ。ここは……ラスダンのセーブポイント?」

嫌な予感がする。

しかし、そう思ったのも束の間。

今、自分の身には大きな変化があった。それは――

「おおっ! ちゃんと人間の言葉で喋れてるぞ! それに――」

俺はすっと足元を見下ろし、己の姿を確認する。

やたら強そうな装備に身を包んだ少年の姿。

それは俺の前を横切った勇者さんと全く同じ姿だった。

「やったー! 俺はついにこの世界で勇者になったんだーッ!!」

―― あの~すいません。ちょっといいですか? ――

「ん? どうした女神。てゆーか見ろって。ほら、俺勇者になってんぞ!」

―― いや、その~。実はあなたが割とマズい状況なのをお伝えしようかと…… ――


女神の衰弱したス〇夫のような声に再び嫌な予感が過ぎる。

「? どういうことだ」


―― その、勇者さん実は最下層に降りてからアンデッド相手に逃げまくって強引にそこでセーブしちゃったらしいんですよ ――


セーブ?


―― はい。で、その本当に申し訳ないんですけど……。勇者さん、とりあえずそこから近くの街まで逃げましょう ――


また逃げるの? いやいや流石に移動魔法とかあるでしょ? こちとら勇者よ?

早速ステータスを確認すると――


――――――――

HP:132

MP:0

――――――――


そしてアイテム欄も何もなし。

あ……! そういえばアイツ、無双してる時アイテム使いまくっていた!

それが意味することは、つまりこれから俺はこのステータスでここから逃げないといけないわけで……!


「う、嘘だあああ――ッ!!」


―― あ、安心してください勇者さん! 私に策があります!  それもズバリ…… ――


俺はもう聞いていなかった。

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