第十九話 護衛官、二人
まるで五年前の再来だ。
そういえば、先程大国主が『彼岸屋は狙われている』と言っていた。何故狙われていると断言したのか、その真相を確かめたいところではあったがそれは“今”ではない。
鳴は“あの日”にトリップしている晴の肩を思い切り揺らす。晴の意識は深淵に溺れたままだ。鳴は珍しく舌打ちを打った。
パチンッ、と乾いた破裂音が静寂の中に響いた。鳴が晴の頬を叩いたのだ。
「めい……?」
「晴、ここはあの日じゃない。僕はここにいる」
晴は震える手で鳴の存在を確かめるようにして触れた。段々とその
「何故大国主様が犬神がここへ来ることをご存知だったのかを今すぐにでもお訊きしたいところではありますが、事態は深刻です。何がなんでも『
鳴はすぐに彼岸屋に在籍する全従業員に対して伝達を開始した。
「従業員の皆様! 現在『神宿』上空にて犬神の侵入を確認しました。従業員は
「かあさま」
小福の一言に、鳴たちを取り巻く空気が凍りついた。
「……成程。曳舟の小槌か」
「小槌?」
それまで口を閉ざしていた大国主が、犬神の口元を見てそう言った。
「福の神が持つ神具“打出の小槌”だ。婚姻の際、儂があれに贈った物でな。普段神事の為に持ち歩いている物なのだが……」
大国主の言葉に鳴の表情が歪む。犬神の口元に濡れた血から、今推測できる最悪の未来を想像してしまったのだろう。
ピキキッと不吉な音が上空に響き渡る。ひび割れた結界の隙間から犬神が無理矢理抜け出そうとしている。あの結界が解かれるのも時間の問題となった。
「かあさま」と小福が呟く。その目には涙が溜まっており、次第にほろほろと彼女の頬を伝ってゆく。鳴は小福と同じ目線にしゃがむと彼女の手を優しく握った。
「小福ちゃんのお母様は必ず助けます。約束です」
そう微笑み掛ければ自然と小福は泣き止んだ。
「晴、彼岸屋の護衛官としての責務を全うしなさい。……大丈夫。晴になら、できるよ」
「……了解」
鳴からの激励に、晴の目に光が満ちた。晴はまず大国主たちの誘導を開始する。鳴も一緒に、と声を掛ければ鳴は首を横に振った。
「僕は大丈夫。すぐに戻ってきますからここで待っていて」
「あ、おい鳴⁉」
不意に温もりが離れていく気配が晴の心を蝕む。鳴が、いなくなるかもしれないという恐怖。だが、今は目の前の
◆◇◆◇◆
彼岸屋に宿泊している神様の誘導が完了した。鳴が晴のもとから離れて五分と経ってはいないが、晴には永遠にも等しく気が気でなかった。
もう限界だ、と部屋の戸に手を掛けた瞬間、戸が晴の意思関係なく勢い良く開いた。突然のことに唖然としたが、それ以上に鳴の姿に言葉を失った。
「お待たせしました……久々に洋服に袖を通しましたが、案外着れるものですね」
「お前……」
そこに立っていたのは、いつの日かの鳴だった。
もう二度と見ることは叶わないと思っていた、スリーピーススーツに身を包んだ護衛官姿の鳴だった。
「さあ、行きましょうか晴」
鳴が扇子を持ち掌上で音を鳴らす。ああ、本当に戻ってきたんだ。あの頃の鳴が、戻ってきたんだ。晴は胸がぐっと熱くなるのを感じていた。
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