第25話 利権の夢

「まったくもう、ひどい目にあったわよ。

 おばちゃんったらとってもしつこいんだもん」


 レナージュ達は酔っぱらっているせいもあってゲラゲラ笑っている。でもミーヤの苦労が実って、この宿屋では今後一切お金を取られないことになったのだから、いつまでも笑っていないで感謝してもらいたいものだ。


「でもさ、オリジナルレシピの習得って、料理人にとってはそりゃあ凄いことらしいぜ?

 おばちゃんの執念をかんじるねえ」


「でもそのおかげでずっと捕まえられるわ、卵は全部使われるわで散々よ。

 その報酬として、宿飲食無料を勝ち取ってきたんだからね!」


「ミーヤさますごい、偉いね。

 だってマヨネーズとってもおいしいもの」


「そう? チカマも気に入ってくれたなら嬉しいわ。

 今作ってもらっているのがあるから、それも楽しみにね」


 そう言っているうちに料理が運ばれてきた。ようやくおじさんではなくおばちゃんがホールへ出てきている。おばちゃんはミーヤ達のテーブルに料理を置く際、必要以上に大きい声で注文品を読み上げた。


「はいよお! 鳥のマヨネーズ焼き、本日のスペシャル! お待ちどうさまあ!」


 聞きなれない名前に周囲の客が反応し、キョロキョロしたり仲間と話したりしている。しばらくすると、こっちにもスペシャルくれ! とか同じのこっちにも! なんて声が上がり始めた。


 どうやら、誰でも見知らぬ料理には興味を持つものらしい。それほど味の変化に乏しいのは確かだし、だから通常は辛いソースがついてくるのだろう。


「な? 言ったとおりだろ?

 これで大儲け間違いなしさ」


 おばちゃんはご機嫌で調理場へ戻っていった。アツアツのうちに頂こうとみんなを促して、鳥のマヨネーズ焼きを頬張ると、表現はおかしいけれど現代の味がした。異世界文明よりも近代と言っていい時代の懐かしい味、そんな表現がピッタリかもしれない。


 別にマヨネーズがすごく好きだったわけではないが、いま思いつくものでこの世界にないものと言うのが他には思い浮かばなかったのだ。これでもほぼ毎日飲んだくれるようになる前は、頻繁に料理をしていたのだから、食材が手に入り思い出すことができれば他にも何か作れるかもしれない。


 そうしたらマールにも教えて一緒に料理を作りたい。その時にチカマも一緒だったらどれだけ楽しいだろう。ただ、都会の暮らしを知った今となっては、貧しい村の暮らしへ戻っていけるかと言う不安はあった。


 でもそれならそれで考えることは簡単だ。カナイ村を豊かにすればいい。目標自体は単純な事でも実際に出来るかどうかは別問題だし、出来るとしてもそこへ至る道が平坦なはずもない。まずはリグマ達がコラク村からいつ移住してくるのか、そして何ができるようになるのかが知りたいところである。


 村では牧羊をやっているのだから、羊皮紙製造ができるようになればそれだけでも進歩だし、ミーヤが何とかして綿花生産を持ちこむことができれば生産物の幅も広がるだろう。


 豆味噌があったのだから大豆もどこかで作っているだろうし、それなら豆腐や湯葉だって作れるはずだ。おばちゃんの話からすると、この世界でまだ誰も作ったことがないものを産み出せれば、作り方を知られない限りは独占販売が可能と言うことになる。豆腐は日持ちしないけど、乾燥湯葉ならキャラバンへ売却することもできそうだ。


 つまり目指すはカナイ村を輸出産業の村にすることだ! 村を豊かにしてマールやチカマ、ミチャ達とものんびり暮らせるようにしたい。そのためにはまずミーヤ自身がもっとツカエル女にならないとダメなのだ、そんな風に考えていた。


 まずは手始めにできそうなところから考えてみることにした。


「ねえ、モウスヤケイって鳥はどこにいるの?

 卵を産むらしいからいっぱい飼えるならいいなって思ったんだけど」


 するとフルルが説明してくれた。


「モウス村ならキャラバンで何度か行ったことあるよ。

 ジスコから見てローメンデル山の先にあるんだけど、馬車で一週間くらいかな。

 モウスヤケイって鳥はモウス村のそばにあるモウス荒野にしかいない鳥ね」」


「じゃあそこへ行けばモウスヤケイを捕まえることができるってことね。

 でもカナイ村からは相当遠くなっちゃうかあ」


「そうね、モウス荒野を横切ったとしても二十日以上かかりそうね。

 それにあの鳥を運ぶには専用馬車が欲しくなるわよ?

 あの村で買い取るのって鳥だけなんだけど、まあそれは驚くほど荷台が汚くなるんだもの」


「となると荷馬車を用意して行かないといけないわけね。

 それはなかなかむつかしそうだなあ」


「でも捕まえるならモウス村まで行く必要はないだろ。

 ちょっと地図出してみな?」


 イライザはそう言ってミーヤに地図を出すようを促した。ミーヤはうなずいてポケットから地図をだしテーブルの上に広げる。


「この地図には描かれてないけどさ、モウス荒野は大体この辺りにあんのよ。

 カナイ村がここだから、モウス荒野の端までは馬車で五日程度だと思う。

 とは言っても道中が安全かどうかまではわからないがね」


「それに荷馬車も必要ってことになるからすぐは無理かあ。

 じゃあこれは保留っと……

 豆や綿花については何か知らない?」


「なんだか今日はやけに熱心ね。

 どうかしちゃったの?」


「まあ聞いてよレナージュ、さっきおばちゃんにマヨネーズ教えてたじゃない?

 そうしたら、もしかして私にも何かできるかもって思っちゃったのよ。

 もちろん他の神人には劣ってるかもしれないけど、少しでも何かできたら村のためになるはず。

 そう思ったら考えずにはいられなくなっちゃったの」


「なるほどね、ミーヤの村思いは相当なものだもの、気持ちはわかるわ。

 でも豆はともかく綿花は難しいかもしれないわ。

 あれは王都だけの特産品だから外には出さないんじゃないかしら」


 独占生産品と言うことなら確かに難しいかもしれない。でも存在しているということはどこかに自生している可能性もある。これでまた一つ旅の目標が増えたと思って気に留めておこう。


「一番いいのは塩が作れるようになることなんだけど、地図で見たら海ってすごく遠いわねえ。

 他に塩の取れそうなところないのかしら。

 たとえばしょっぱい湖とか、岩場とかあればいいんだけどなあ」


「そんなの聞いたことないわね。

 もしあれば真っ先にトコスト王が放っておくはずないわよ」


 レナージュの意見はもっともだ。どちらかと言うと平和的で、大きな戦争になるような武力行使の少ない世界。それでも人は豊かな生活を求めるし、権力を求め王を名乗る人もいる。と言うことは取れる手段は経済戦と言うことになる。


 だからこそ独占品は膨大な利益を生む可能性が高いし、マヨネーズごときでおばちゃんはあんな躍起になるのだろう。これが利権と言うものなのか、ミーヤはそう考えながら過去に勉強をサボったことを後悔していた。


「結局のところ、今すぐどうこうできることはなさそうね。

 出来るのは自分を鍛えることくらいかしら」


「そんなことないわよ。

 私にいい考えがあるわ!」


 突然フルルが大きな声を出した。


「どうしたのフルル? 突然大きな声を出して、びっくりするじゃないの。

 まさか一緒に旅へ出るなんて言い出さないよね?」


 ミーヤがフルルに向かってそう言うと、思わぬ答えが返ってきた。


「養殖するのよ! モウスヤケイをね!」


「ちょっと! 声が大きいわよ……」


 店中に聞こえてるんじゃないかと言うくらいの大声でとんでもないことを言い出したフルルをレナージュが制止する。そりゃいいアイデアなら誰かに聞かれない方がいいに決まってる。


「ごめん…… あのさ、生き物はポケットに入らないから鳥を持ってくるのは難しいでしょ?

 でも卵なら持って帰ってこられるってわけ。

 だからさ、モウス村のエルフと契約して卵を作ってもらって、それを運ぶってことよ」


「でもそれってマーケットの商人がやってる事と同じじゃない?

 全然画期的には思えないんだけど?」


「全然違うってば。

 あそこの鶏肉屋の肉や卵は、ビス湖まで行った帰りにモウス村で仕入れたものなの。

 キャラバンがビス湖の集落を回って、魚や貝や羽毛を仕入れて他の商人へ売っているからね。

 だから人も荷物もたくさん運ぶから馬車で行ってるってわけ」


「さすがフルル、商人のことに詳しいわね。

 その人は商人長の配下か何かなの?」


「いいえ、どちらかと言うと商売敵ね。

 食肉は商人組合副会長のスガーテルが取り扱ってるの。

 だからモウス村へも寄るんだけど、そこが商人長のキャラバンと被るのよ」


 スガーテルって人は、確か晩餐会であった熊の獣人だったはず。副会長と会長の対立構造、なんてベタな状況なのだろう。そしてここにも利権争いがあると言うことだ。


「それで、私たちで卵だけ買付しようってこと?

 カナイ村からでもモウス村まで二十日はかかるって言ってたでしょ?

 結局無理があるんじゃないかしら」


「そこも考えてあるわよ?

 モウス村とカナイ村の間で待ち合わせすればいいのよ。

 それに馬車じゃなくて馬なら倍は早いから、お互い五日ずつの距離になるのよ。

 どう? いいアイデアでしょ?」


「話は分かったし悪くないアイデアだと思うよ?

 でもさ、最初にモウス村まで行くのと、話をつけることとはどうしたらいい?

 それに向こうで鳥を飼ってもらうんだからその資金をどうするかとかさ」


「あー、そこはなに? 出たとこ勝負的な?

 それは私の仕事じゃないしね。

 うまく行ったらアイデア料くれるだけでいいわ」


 まったくフルルはちゃっかりしている。でも中間地点での取引は悪くないアイデアだ。それに馬で行けば馬車で行く時間の半分で済むのも初めて知った。これはなかなかの収穫だ。


「穴はあるけどそれなりにいいアイデアだったわね。

 お礼に今日は奢るから好きなだけ飲んでいいわよ!」


 レナージュがそう言うと、フルルはすでにもうタダ酒なのに! と文句を言い、それを見ながらみんなで笑いあいながら夜は更けていった。

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