第四十話 突入
カンペルロ王国の首都ドアルヌネは城郭都市だ。特に城自体は山の上に築かれており、大変ダイナミックな景観である。堅固な砦に守られた難攻不落の城塞内には、情緒ある石造りの家々が並んでいて、歴史の深さを感じられる街並みだ。これで賑わいと観光に訪れる客がいれば、従来のアルモリカ王国と何ら引けを取らない状態であろう。
レイア達は、カンペルロ王国内に敷き詰められている石畳の上を歩いていた。右手をひさしのようにかざし、山の上に立つ城を見上げている。
「ここがカンペルロ王国か……」
「閑散としているというか、イマイチ賑わいにかける感じがするな」
パンロンの店員から聞いた情報通り、街自体の雰囲気はコルアイヌ王国の賑わいに比べると、どこか活気がない。
「そうね。お店の人達も顔は笑顔のようだけど、何か表面的だわ。あの人はどこか生気がないし、向こうには目が泳いでいる人もいる……」
セレナも周囲を見回し、街の人々の様子と顔色で街の人々の異常な状態を感じとっているようだ。
「自国の王がいつ自分達の財産を搾取しにくるかと常に考える日々だとしたら、生きた心地はしないだろう」
「あのアエスとかいう暴君、早く倒すしか方法がないね」
そう、己の私欲のために軽々と人の命を踏み台にして、のうのうと生きている憎らしい男。そんな為政者の風上にもおけないくだらない者のために人生を奪われ、家族を奪われ、生命を奪われた者達が今もなお、癒えることのない悲しみと苦しみを背負わされ続けている。
「しかし、王を倒すのは良いけど、その後はどうするの? 為政者不在では民が混乱するわ」
「今の城の状態を見てみるしかないな。まともな人間がゼロではないはずだ。表向き大人しく従っているが、腹の中では何とかせねばと思っている者がいると思う」
「俺達がランデヴェネスト城に乗り込む話しを、コルアイヌにいる同僚経由で王に報告しておいた。援軍としての兵を既にこちらに向けて送ってくれたらしい」
いざという時の救援はありがたいはなしだ。対処が早いに越したことはない。何せ、この国の王は、思いつくままに他国を侵攻するような性格だ。事前対策をとって逆に丁度いい位なのかもしれない。
「とにかく、ランデヴェネスト城に向おう! アリオンのためにも腕輪の鍵を早く見付けたいしな!」
レイア達は地図を睨み付けながら、先を急ぎ進むことにした。
⚔ ⚔ ⚔
城の入り口には遣りを持った兵が二人立っている。入り口の内側には兵が複数人待機しているのか、ドカドカと足音が聞こえてくる。レイア達は壁伝いに歩きつつ、中の様子をじっと伺っていた。
「ここの城は流石に見張りが厳しいな」
「なあアリオン、ここであれを使えるか?」
「ああ。アルモリカほどの効果はないかもしれないが、やってみようか。まずは目の前にいる兵達を少しずつ眠らせてみよう」
アリオンの瞳の色が金茶色からパライバ・ブルーへと変化した。唇に人差し指をあてて呪文を唱えると、指先から青白い霧のようなものが発生し、城内へと入り込んでゆく。霧は立っている兵達を静かに包み込み、兵達をあっという間に眠りの世界へと誘ってゆき……術にかかった彼らは誘惑に耐えきれず、ドミノ倒しのようにどんどん倒れていった。傍から見ていると随分と滑稽な光景である。
「これ位にしておこうかな」
「いけそうだな。アリオン、ありがとう。先を進もう!」
「ああ。急ごうか」
眠りこけている兵達を尻目に、レイア達は先へと進んだ。
⚔ ⚔ ⚔
石造りの城内は結構広い。中に入ると、壁は全体的に白地に塗られ、ところどころ金で縁取られており、とても石造りと思えない作りだった。
アエス王の居場所はどこか不明である。
地図は流石に城の入り口までしか記載されていなかったので、ここからは手探り状態だが、自力で探すしかなさそうだ。
大理石で作られた巨大な階段を登り、目先に見えている部屋という部屋を覗いてみたが、どの部屋も金を基調とした豪華な装飾で飾られていた。置いてあるものといったら、金糸を織り込んだ精緻なタペストリー、マイセン、有名な画家による絵画や彫刻といったコレクションだった。どの部屋にも豪奢なシャンデリアが吊り下がっている。いずれもそうとうな高額であろう。財産の大半をつぎ込んだものと思われる。
ただ、残念ながら明らかに鍵のようなものはどこにも見当たらなかった。
途中で運悪く鉢あってしまった使用人や衛兵達は、アリオンの術で瞬時に眠らされ、昏倒するはめになった。あちこち探して城の奥へ奥へと進んでいくと、黒い戸が現れた。白地に金で装飾されていた戸に比べると、極端に地味である。
「どこだ。王がいる部屋は……?」
「それにしても、この戸の先って一体どうなっているのだろう?」
「如何にも寝室や閣議室めいたところは、あらかじめ人払いしてあるようだな。もうこの先にいるとしか思えないね」
――お前がいくら逃げてもこちらからは全てお見通しだ。行動は全て把握されている――
ゲノルの言った言葉が蘇ってくる。
明らかに、自分達が来るのをいまかいまかと待ち構えているとしか思えなかった。
四人ともごくりとつばを飲み込んだ。
「腕輪の鍵、見付からないね。ひょっとしてアエス王が隠し持ってたりするのかな?」
「……可能性は否定出来ないな。厄介だが、このまま戦わざるを得ない状況になりそうだ」
アリオンの背中に冷や汗が一筋流れ落ちた。不完全な状態で、どこまで自分が戦えるのか予想がたたない。右の握りこぶしにぐっと力を込めた。
「……前に進もう。全てに決着をつけるためにも」
「そうだな。アリオン。俺達はあんたの味方だ。どんな状態でもあんたを守り、アエス王を倒すことに集中するぜ」
「ああ。絶対に打ち勝ってみせる。みんなのためにも、負けるわけにはいかない!」
木製の戸のドアノブに手をかけた。
ギギギィと軋む音が響き渡ると、目の前に広い空間が現れた。
他の部屋と異なり、飾り物も特になく殺風景だ。
その分、中が余計に広く感じる。
その中央辺りに黒尽くめの男達が立っているのが視界に入ってきた。
その数は五人。
彼らを見たレイアは訝しげな顔をした。
「あの男、何か見覚えがある……」
アリオンも気が付いた。彼らはかつてラルタ森でレイア達を急に襲ってきた相手だった。その内の一人が気付いたようでレイアの方に顔を向けた。
「どうも見覚えのある背格好と思ったら……お前は、あの時の女だな。只者じゃないと睨んでいたが、やはり生きていたか」
「やっぱり……あんたか」
「四人の侵入者が入ったと知らせが入った。王から始末するように命が下っている。覚悟しろ」
「前回は余裕がなくて相手も出来ず失礼したね。今回はその分も兼ねてしっかり相手になってあげるよ」
レイアが睨みつけると、五人のうちの一人がぼそぼそとしゃべり始めた。やけに横幅の広い体格をしている。
「ここは始末する者達や曲者を囲い込む為の特別な部屋だ。悪いがお前達はこの部屋に入った以上、我らを倒さねば出られないことになっている」
「何!?」
先ほどレイア達が入ってきた戸が突然ガチャガチャと音を響かせた。どうやら外から鍵をかけられたようである。ちぃっとアーサーが舌打ちした。
「否が応でも戦わざるを得ない環境にさせられたってわけか。もう後には引けねぇな」
「まずはあの五人、やるしかないな」
「やってやろうじゃないの!」
レイア達は目の前に立ちはだかる五人の兵達と対峙することになった。
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