第三十一話 アーサーの秘密

 アルモリカ王国から出たレイア達は、一旦森の中に身を隠した。

 これから先はカンペルロ王国への道だ。 

 方角的には西へ向かうことになる。

 アーサーが言うには、カンペルロ王国に向かうには街道を通るかこの森を通り抜けるしか方法がないそうだ。彼らは目立たぬよう、あえて後者を選んだ。

 広葉樹林が鬱蒼と広がっている地域のようだ。

 頭上の枝葉は生い茂り、足元に落ちる木陰は大きい。

 動物がいそうだが、鳴き声や気配はなく、

 葉擦れの音とレイア達の足音ばかりが聞こえる。

  

「この森は随分と大きいな。ラルタ森と変わらない位の規模はありそうだ」

「そうね。今日一日で通り抜けは厳しそう」

「確かもう少し行った先に宿があったはずだ。カンペルロ王国に向かう旅人達のためのな」

「あとどれ位かかるか分からないけど、頑張って行きましょ!」 

 

 アーサーとセレナは先を進み、その後ろをレイア、アリオンがついて行くように歩いている。

 あれからレイアはやや下向きで、ずっと無口のままだった。顔色もあまり良くなさそうである。

 

「レイア、お前大丈夫か?」

「? 特に問題はないが?」 

「それなら良いが。お前が静かすぎて、何だかうす気味悪くてな。道中だから、具合が悪いなら早めに言えよ」

「……分かった」

 

 アーサーはわざとけしかけてみたが、いつもより反応が鈍い。

 何かおかしい。

 

 (……いつもの彼女と違う。早めに休めるようにした方が良さそうだな)

 

 環境が大きく異なる場所で、色々なことがあった。

 その上ずっと歩き通しでみんな疲れている。

 アリオンは口や表情に出さないだけで、心身ともに一番疲れているだろう。

 レイアはどこか情緒不安定気味になっていて、いつもの彼女らしくない。

 セレナは息が切れているし、疲れ切っているだろう。

 

 アーサーは足元に広がる木の根に足を取られぬよう、慎重に歩いた。生い茂る草木を丁寧に踏み分けて、少しでも歩きやすいように気を配りながら。

 

 空には赤い鳥がひゅーろろと鳴きつつ、くるりと一回転していた。

  

 ⚔ ⚔ ⚔

 

 しばらく進んだところで、一行は真正面に宿舎と思われる建物を見つけた。

 その一面だけ土地が開けている。

 近くに川が流れているのか、せせらぎの音が聞こえてきた。

 

「ねぇアーサー。ひょっとしてあの建物かしら?」

 

 セレナの声が一段と大きく聞こえる。

  

「ああ、あれだと思う」

 

 どうやら森の中を通り抜けようが、街道を進もうが、時間の違いが出るだけで、どちらからでもここにたどり着くことは出来たようである。

 

 (まあ、たどり着けたのだからまあ、いいか。森の中を突っ切る方が確実に時短となっただろうしな)

 

 レイア達は宿舎に入った。

 アーサーとセレナが宿主と交渉をしてみると、宿主は一夜の宿泊を快く受け入れてくれた。

 一先ず一安心。

 

「最近はお客がめっきり減りましてねぇ。あなたがたが来て下さってうちは非常に助かります! どうもありがとうございます!!」

 

 店の者に大層喜ばれて、悪い気はしない。

 宿主が言うには、普段に比べ今は六割から良くて七割の宿泊率らしい。

 やはりアルモリカ侵攻がおきて以来、カンペルロ王国に向かう旅人がめっきり減っているせいだろう。

 今日は珍しくアーサー達以外は宿泊客がいないようだった。

 食堂の方は人の声が聞こえているため、食堂利用の客はそこそこいるようだ。

 

「ほぼ貸し切りか。俺達にとっては好都合だが、この店にとっては深刻な問題だな」 

「カンペルロ王国の一件を早く解決するしかないようだね」 

「私お腹ぺっこぺこ! ねぇ続きはご飯食べながらにしない?」

「そういえば……そうだな。腹が減っては戦はできぬ……飯にするか」

 

 セレナの一声で、宿に到着して早々夕食をとることにした。

 言われれみれば、アルモリカ王国に入ってから出てくるまで全員、全く何も口にしていないことを今更のように思い出した。

 

 一階にある食堂に入ると、利用客が何人か出入りしていた。

 確かに、モナン街での料理屋の状況と似ていた。

 どちらかと言うとこの店の方が客の入りが若干少ないのかもしれない。

 やや閑散としている。

 テーブルについた後、店員に料理を何品か注文した。

 アーサーはカップの茶をぐいと喉の奥に流し込むと、疲れが出たのか身体の重みがずしりと増した気がした。

 周囲をちらと見て近くに誰もいないことを確認した後、彼は小声で話し始めた。

 

「ところでみんな、リアヌ城で聞いた話しを覚えているか?」

「ああ。カンペルロの王がアルモリカの次はコルアイヌに手を出す気だという話しだろう? あの暴君が考えそうなことだが、あんまりなはなしだ」

「俺はコルアイヌ王国の王宮にいるかつての同僚に、このことを知らせるつもりだ。伝達は極力早い方が良いからな」

「それなら、手紙さえ準備してもらえれば僕が術で先方へ急ぎ飛ばしておく。鳩より早いし、宛先の主にしか見えないような仕掛けにするから、他の者には見ることも読むことさえ出来ない。安心していい」

「そうか。ありがとう。それは助かる」

 

 そこまで話すと一息ついたアーサーは数秒間をおいた後、再び話し始める。

 

「今まで黙っていたことを、今ここで話しておこうと思う。前に俺は王宮勤めを辞めたと言ったが、実は辞めたわけではない」

「……」

「俺は“王宮の外からコルアイヌ国を守るための槍となって欲しい”と言われたのだ。それもコルアイヌの王から直々に……だ」

 

 彼は外部から国を守るよう、王から直接任じられていたのだ。

 普段は王宮内にいないが、国から「依頼」が来ては王宮へと出向いたり、国外に出向いたりして「依頼」に対処する。

 その条件をのむのであれば、普段王宮内にいなくても良いとのことだった。

 住居は都心部ではなく郊外にしているというのも、実は国からの命によるものだ。

 国内からではなく、国外に近い場所から常に情報収集と偵察を行い、何か異変があれば急ぎ知らせを入れる。

 彼は王宮の非常勤指南役のみならず、コルアイヌ王国の「密偵」としての顔も持っていたのだ。

 

 アーサー以外の面々は言葉が思い浮かず、少しの間無言となった。

 

「そうだったのか。辞めたくても辞められないって言ってたから、てっきりお前が何かやらかしたのかと思っていたよ」

「……俺をお前と一緒にするんじゃねぇよ。レイア。国に変に期待されると、色々面倒ごとが増えるというやつだ」

 

 アーサーはあまり嬉しくない顔をしていた。

 王からの命には逆らえない。

 自由そうに見えて実は目に見えない鎖で縛られている彼を、王子は不憫に思った。彼は二十一歳とまだ若いのに、色々苦労が多そうである。

 

「これから先一体どうなるか分からないから、お前達だけには俺の素性を明かすことにした。一度だけしか言わないからな。今はなしたことは他言無用に願うぞ。良いな」

 

 そこで、彼らのテーブルに近付いてくる足音が聞こえて来た。  

 料理が運ばれて来たため、はなしは一時中断となった。

 

 肉と根菜をたっぷりと煮込んだルーラ(シチュー)

 かごに山積みにされた焼きたてのマンナ(薄焼きのパン)

 色とりどりのグリル野菜を刻んで卵に混ぜてとろとろに火を通したもの

 発酵させたコケモモの果汁を煮詰めた甘酸っぱいモルト

 

 テーブルに並んだ品々は、いずれもセレナが選んだものだった。

 

 温かいルーラはほろほろと崩れるまで煮込んだ肉と根菜で身体を温めるため。

 マンナと野菜を混ぜた卵料理は、ルーラでは補えない栄養を補給するため。

 モルトは疲労回復のためだ。店員が言うには、これは酒で割っても旨いらしい。

 今回はあえて生野菜メニューを選ばず、全て火を通したものだらけにしておいた。

 

 さぞかし腹が空いていたのだろう。

 しばらく食べることに集中するため、四人とも無口になった。


 やがて窓の外はとっぷりと日が暮れ、藍色のベールが降りていった。

     

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