第二十六話 浮上した野望

 洞窟の中を通り抜けると、階段が見えてきた。

 アーサー達三人はアリオンの後ろからついて来ている。

 その周りを、丸いしゃぼん玉のような灯りが優しくゆらゆらと足元を照らしていた。

 

「ここから上に上がると、城内に入り込める。今、扉を開けるから、少し待っていてくれ」 

 

 アリオンが扉に手をかざすと、コトリと音がして、あっという間に開いた。

 真っ白な光が差し込んでくる。

 

「うっ……!!」 

 

 地下から地上への移動のため室内の筈なのに、目潰しを食らったかのように眩しい。

 アリオンは思わず目を手で覆った。

 視覚が戻ってきたところで、目をしばたかせると、景色がはっきりしてくる。

 

 周囲を見渡すと、椅子やら机やらが乱雑に置かれているのが目に入った。物置きとして使っている部屋だった。

 

 (確か、ここに繋がっていたんだっけ。この城から洞窟経由で外に脱出するための地下道は。だが、カンペルロの者達に見つかってはならぬ緊急時の避難通路だから、あの時はどうしても使えなかった……) 

 

 苦々しい記憶を探るアリオンの後に続いて、レイア達が地上に上がって来た。

 全員いるのを確認すると、王子は静かに扉を閉め、呪文を唱えた。

 すると先程まで浮遊していた丸い灯りはあっという間に姿を消し、戸も周りのタイルの模様に紛れ、分からなくなっていった。

 

「!」

「ねぇアリオン。ここは……? 何だか物置きみたいな場所だな」

「ああ。その通りだよレイア。この部屋とあの大きな茂みの出入り口を繋ぐ地下道が、今まで僕達が通ってきた道というわけだ」

「俺達はこれからどうしようか?」

「カンペルロ人達に見付からぬようにしながら、情報を集めようか。なるべく僕から離れないで欲しい」

「分かったわ。アリオンがいなければ、きっと、迷子になってしまうもの。それにしてもここはとても大きなお城なのね!」

 

 レイア達はあまり距離をおかぬようにしながら、アリオンの後を追いつつ、場所を移動した。


 ⚔ ⚔ ⚔

 

 四方八方見つつ、壁に身を寄せるように歩いていたが、城内は何故か思ったほど人気がない。

 偶然だろうか。

 人の声と声の間に挟まれつつ、四人は壁伝いに部屋から部屋へと一気に移動した。

 勿論、なるべく足音や物音を立てぬように気を付けて。

 あちこち見てみたが、アルモリカ族の姿はどこにも見えなかった。話しで聞いた通り、やはり奴隷や下女として裏に追いやられている可能性が高そうだ。

  

 真っ白な壁には、歴代所有者の肖像や風景画等が飾ってあった。

 マイセンのような食器等が飾られている廊下を通り、途中、手の込んだ装飾が施された暖炉がある部屋や、ステンドグラスの窓がある部屋もあった。

 

 どの調度品も豪勢ではなく、上品な作りと色合いだった。

 

 そのどれもがカンペルロ王国から攻撃を受ける前の時とほぼ変わらず、まるで時が止まっているような状態だ。

 先代、そしてそのまた先代……と言ったあんばいで、少しずつ集められた骨董品なのだろう。

 百年以上昔のものとかもある。 

 

 (ここは確か……) 

 

 アリオンがある部屋の前で足を止めているのに気付いた三人は、ひっそりと近寄ってきた。

  

「ねぇアリオン。この扉の向こうにある部屋は……?」

「僕が自室として使っていた部屋だ。今はどうなっているか分からないけど……」

「入ってみるか?」

「誰もいなさそうであれば……」

 

 その時、誰か人の気配がした。

 足音が響いてくる。

 話し声が聞こえてくるから、一人ではないようだ。

 身を隠す場所がない。

 

「誰かがこちらに近付いて来ている。みんな、急いでこの部屋の中に入ってくれ」 

 

 ええいままよとばかりに戸を開くと、部屋に人気はなかった。四人は素早く中に入り、音を立てぬよう戸を静かに締めて息を殺した。


 部屋の中は机と椅子と寝台が置いてあった。

 乱された後はこれといってなさそうだ。

 灯りと本棚といった調度品もきちんと置かれてあり、こちらも特に変化はなかった。

 本当は安心するはずなのだが、妙に空虚感が漂っている。


「誰かの足音が聞こえてくる!」

 

 人の声がこちらに近付いて来た。

 戸に耳をすませてみると、戸の前で足音が止まった。

 脈打つ音だけが体内に響き渡っている。

 彼らの背中に一筋の汗がすうっと流れ落ちた。

 

 ⚔ ⚔ ⚔


 少しして、戸を隔てた外から中年らしい男の声が聞こえてきた。

 

「それって本当か? 陛下はアルモリカ王国を完全に掌握した後、あの北の大国を狙っていると!?」

「……もっと小声で話せ。ああ、そうだ。陛下はそのおつもりだ」

「陛下は天下統一を狙っていらっしゃるとか!?」

「そうかもしれんな」 

「しかし、あのコルアイヌ王国がそう簡単に手に入るかね!?」

「手間が掛かろうが、我らが陛下は、一度決めたら変えないお人柄だ」

 

 外から聞こえてきた内容は、レイア達の心臓を強く刺激した。聞き捨てならない事項だ。

  

「おいアーサー! これって……」

「……やはりな。思っていた通りだ。カンペルロの王はアルモリカの一件だけでは物足りなかったのだろう」

「どうするの?」

「まだこちらの一件が落ち着いてないから、まだ当分の間は大きな動きはないだろうが……」

「……ほう。大きなネズミが入り込んだようだな。誰だ? そこにいるのは」


 アーサー達がひそひそ声で話していると、突然聞き覚えのない低い声が背後からした。

 彼らの頭の先から足の先まで、雷が貫通したような緊張が走った。


 (しまった! やはり誰かいたのか……! )

 

 アリオン達が声がする方向へと振り返ると、そこにいたのは艷やかな黒髪、深緑の瞳を持つ精悍な美丈夫だった。

 その青年はギリシャ彫刻のように彫りの深い、端正な顔立ちをしている。

 全身黒尽くめで、炎のような形をした襟飾りのついた外套も黒だった。

 骨格的にも頑強で、見るからにカンペルロ人だった。

 レイア達は思わず身構えた。背中を冷たい汗が一筋すっと流れ落ちてゆく。

 

「……誰……?」

 

 見知らぬ青年の登場で、レイア達はすっかり固まっていた。

 アリオン一人を除いて。

 

「……」

 

 その青年は、明るい茶色の髪をひとつ結びにした、金茶色の瞳を持つ青年を訝しげに見ていた。


 アリオンとその青年は向かい合う。


 二人は言葉一つ発することなく、しばらく無言の時間が通り過ぎてゆく。

 先にその沈黙を破ったのは、緑色の瞳を持つ青年だった。

 

「このままでは埒が明かんな。私が先に名乗ろう。私はゲノル・フォード。カンペルロ現国王であるアエス・フォードの息子だ。陛下の命により、このアルモリカの統領代理として滞在している」

 

 名前を聞いた途端、アリオンの目付きが鋭くなった。右手が自然と剣のヒルトを握ってしまう。


 カンペルロ王国第一王子、ゲノル・フォード。

 どうやら、見付かってはいけない人間の一人に見付かってしまったようだ。

 ゲノルは表情一つ変えず、アリオンの頭から足の先までゆっくりと眺め回した。

 

「お前は確か……足はあるが、アリオンではないか? アリオン・シアーズ。ランデヴェネストから抜け出し、こんなところで一体何をしておる? わざわざ捕まえられに参ったのか?」

 

 その視線がアリオンの左手首に移り、そのまま動かなくなった。

 

「腕輪が片方だけ……。ほう。何者かが片方を外したからか。ならば元通り再びはめるまで」

「……断る」

「陛下からは腕だけではなく、首にもつけよと仰せつかっている。今まで首にまではめたことはないから、効果はいかがなものか存ぜぬが……試してみるか」

「僕をどうする気だ……!?」

「心配せずとも殺しはせぬ。陛下はお前を殺す気はないようだ。ずっと生かして搾り取るつもりだろう。その価値のある身体から生み出される何もかもを……」

 

 アリオンは幽閉されていた当時を思い出し、身震いした。

 死なない程度に肉体へと加えられる責め苦。

 死んだ方がマシに思えるような生き地獄だ。

 意地で涙一つこぼさなかった為、気絶すれば水をかけられ、無理やり意識を浮上させれば拷問にかけられる――


 その時、女の声が空間を割く刃のように割り込んできた。レイアがゲノルを睨みつけている。

 

「貴様!! アリオンは絶対に渡さないからな!!」

  

 ゲノルは声がした方へと視線をゆっくりと合わせてきた。その表情は至って無表情のままである。

 

「ほう。これはこれは。中々威勢の良いじゃじゃ馬を飼っておるようだなアリオン。乗るのはさぞかし大変だろう」

「人を勝手に馬にするな!!」

「私は女に手を出したくない。そなたは大人しく下がっておれ」

「何だと!? 今度は女だからって馬鹿にする気か!?」

「そなたを馬鹿にはしておらぬ。単にそういう主義なだけだ。強かろうと弱かろうと、私は女に手を出したくないだけだ」

 

 そこへレイアを手で制し、背でかばうように金茶色の瞳の青年が立ちはだかった。

 

「ならばゲノル、僕が相手になる」

「アリオン……!」 

「良いだろう。来い。遠慮は要らぬぞ」

 

 二人の青年の間に緊張が走った。

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