第三章 奪われし国

第二十一話 ある王女の記憶

 あるはれたひ。

 ぽかぽかとあたたかいひのことだった。

 

 おとうさまがおしごとで、うみのきれいなくにへでかけられるときいたから、わたしはついおねだりしちゃったの。

 

「わたしもつれていってください。おとうさま。うみというものを、みてみたいの」

 

 だって、うみってみたことがないんだもの。

 よんでもらっているえほんのなかでしかしらないわ。

 おおきくて、ひろいって、どんなかんじなの?

 なみってなぁに?

 かもめってなぁに?

 うみってどんなもの?

 

 すると、おとうさまはゆるしてくださったの。

 

「とものものといっしょならいいよ」

 

 ですって。

 とってもうれしかったわ。

 

 おとうさまは、そのうみのきれいなくにの、いちばんえらいかたとおはなしするためにいかれるんだって。

 

 ここでまっていなさいって、あんないされたおへや。

 そこはこじんまりとしているけど、とってもきれいなの。

 まどからそとをみてみると、あおいものがひろがってみえたわ。

 

 ざざーっ ざざーっ。

 なんか、すながながれていくようなおとがきこえる。

 うるさくないけど、きいているとなんだかねむたくなってくる。

 ふしぎね。

 ひょっとして、これが‘’うみ‘’というものなの?

 おしろよりとってもひろいわ。

 きらきらひかっていて、すっごくきれい。

 

 せっかくだから、ひとりでみてみたい。

 ‘’うみ‘’というものを、もっとまぢかでみてみたい。

 そんなきもちが、むねのなかでおおきくふくらんじゃった。

 

 だから、わたしはだめといわれていたけど、

 おへやをこっそりとぬけだして、いっかいにあるばるこにーから、そとをもういちどのぞいてみたの。

 

 すると、とつぜんつよいかぜがふいてきて、ぼうしがとばされてしまったの。

 

 たいへん。だいすきなおとうさまがくださったおぼうしなのに!


「ねぇまって!!」

 

 わたしはとばされたぼうしをとろうと、てをのばし、さくからみをのりだしたら、あっというまにしたへとまっさかさま!

 

 どっぽーん!!

 

 わたしはばるこにーのさくからおちてしまったの。おもったよりたかくなかったから、いたくなかった。

 うみのまぢかにおしろがたててあったことをおもいだしたけど、あらためておどろいちゃった。

 

 ほんとうにおしろのそばがうみだなんて!

 

 “うみ”におちてしまったわたしは、さいしょどうしたらいいのかよくわからなかったの。

 うみのみずはおもったよりあたたかかった。

 でも、おようふくきているからか、からだがとてもおもたいの。

 じっとしているとしずんでしまうから、てあしをばたばたと、うごかすしかなかった。

 

「だれかたすけてーっ!」

 

 こえをだしても、まわりにだれもいない。

 いきばもなく、ただじたばたとふゆうするあしがさびしくて、みょうにたよりなかったわ。

 

 だんだんつかれてきて、からだがしずみそうになったそのとき、とつぜんみずおとがして、だれかにうでをつかまれたの。

 

「だいじょうぶ?」

 

 きれいなおとこのこがひとり、わたしをみつけてくれたの。

 いろじろで、おひさまのひかりのようなきんいろのかみで、うみのような、あおみどりいろのめが、とてもきれいだった。

 でもなぜか、おなかからうえははだかで、おへそからしたはおさかなさんだったの。

 

「ぼくにつかまって。りくまでつれていってあげる」

 

 わたしはかれのせなかにてをまわしてしがみついた。

 かれはわたしがおちないように、りょううででしっかりだきよせてくれたの。


 とてもあたたかかったわ。


 かれはおなかのしたにあるあしのひれをうごかして、まっしろなしらはままでつれていってくれた。

 ほっぺたにあたるしぶきがちょっといたいのと、くちにはいったおみずがしょっぱかった。

 うみって、あまりのみたくないあじなのね。

 

「たすけてくれてどうもありがとう」

「きみはどこからきたの?」

「となりのくに。おとうさまがおしごとでときどききているから、あなたのおとうさまはしっているかも」

「そうなんだ。きみがさがしていたのこれでしょ?」

 

 かれは、そういってぼうしをてわたしてくれたの。

 おはなでかざられたきれいなぼうし。

 わたしのたいせつな、たからもの。

 

「うれしい! どうもありがとう」

「きみは……その……にんげんだろ? ぼくはにんぎょだからおよぐのはへいきだけど、きみはあぶないからきをつけて」

「にんぎょ?」

「きみはにんぎょをみるのは、はじめて?」

 

 しらないことだらけだったけど、かれはいろいろおしえてくれた。

 かれは、このくにのおうじさまだった。

 これがかれとのであいだったの。

  

 わたしはまたこのくににあそびにいきたかったけど、おとうさまはなかなかくびをたてにふってくれなかった。

 そうよね。いいつけをやぶってかってにおへやをでたし、うみでおぼれかけるようなむすめを、ゆるしてくれるおやはまずいないはず。

 しんぱいかけてごめんなさい。

 おとうさま。

 きれいにとかしてもらっていたくろいかみも、おようふくごとずぶぬれにしちゃって、ごめんなさい。

 わたしがわるいの。

 でも、このくにのおうさまからていあんされて、ようやくおとうさまはゆるしてくれるようになったの。よかった!

 

 このくににくると、わたしはかならずおうじさまといっしょにあそんだの。

 どこまでもつづくひろくて、おおきなすなはまをはしりまわったり、おおきないわかげでかくれんぼしたり。

 すこしはなれたところで、とものものたちがみはってくれていたけど、ふたりであそべるじかんは、とてもたのしかった。


 こんなひがずっとつづけばいいのに。

 おうじさまといっしょにいたい。

 わたしはそうおもうようになったわ。

 

 そんなあるひ、かれはわたしにやくそくしてくれたの。

 

「おとなになったら、きみをむかえにいくよ」

 

 わたしもかれのことが、だいすきだったから、とてもうれしかったわ。

 わたしがいくつになったらむかえにきてくれるのかしら。

 きっと、かれはかっこいいおうじさまになっているんじゃないかしら。

 むねがどきどきして、とてもいたかったわ。

 

 そのひから、ゆびおりかぞえてたのしみにしているの。おうじさまがわたしをむかえにきてくれるひを。


 はやく、おとなになりたい。 

 あのあおみどりいろをした、きれいなにんぎょのおうじさまにはやくあいたい――。

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