第156話 飛行部隊
「これ、絶対に何か裏があるよね?」
そんな疑問を呈したのはイヨ。
「だな。子爵への紹介状までなら、まだ分からなくもない。――が、いくら王都街道の安寧が侯爵にとって重要案件だとしても、俺達の足まで手配してくれるってのは異常だぜ。どう思うよ、モーリー?」
「うーん、この依頼、よほど重大な――何か表には出せない事情が隠されているのかも知れないなぁ……」
俺とイヨ、そしてモーリーの三人は額を集めて協議する。
アケフとアナスタシアはそんな俺達の話に耳だけ貸して、無邪気にピンガラと戯れていた。あのねぇ、キミ達……。
まぁ、そのことは措くとしてもだ。俺達が甚く困惑している理由ってのは、今、俺達の眼前にコペルニク侯爵家自慢の飛行部隊が整然と並んでいたからだ。
ノールメルク公国との戦ののち、コペルニク侯爵家は例のハンググライダーもどきによる飛行部隊の本格導入に踏み切っていた。
とはいえ、現在、飛行部隊に属する者はわずか七人。しかも、そのうち専従は三人ということで、残りの四人はほかの業務と兼任しているという。その人数でこれまでに完成した一人乗り機体五機と、同じく二人乗り機体を五機運用しているらしい。
ちなみに、機体のほうは部品の一部にそこそこ貴重な素材が使われているとあって、現時点で量産は困難なのだが、それでもあと数機程度ならば増産の余地はあるそうだ。
が、日の出の勢いの侯爵家を以ってしても、風魔法を使える人材には限りがあり、人員の確保にはなかなか苦戦しているらしい。
いずれにせよ。
そんな虎の子の飛行部隊から二人乗り機体を五機すべて供出し、五人の隊員を動員してまで俺達をヴァント子爵領に送り届けようというのだから、イヨではないが、何か裏があるのでは? と勘ぐってしまうのも無理からぬ話だろう。
とはいえ、無料で……ってんだから、俺達にはそれを断る理由もなければ、そんな権限もない。しがない一冒険者としては侯爵の寛大な御意に従うのみである。
「何か裏の事情があるにせよ、ボク達のやることは変わらない――って、割り切るしかないね。別に依頼の中身が変わるわけじゃないんだからさ。そうだろう? ライホー」
「まぁ、それはそうなんだが……少なくとも何かしらの厄介事が待ち受けていることは確定だわな。皆――特にアケフとアナ、お前ら油断するなよ」
俺はいまだピンガラと戯れる二人に釘を刺すと、再び思考の海に沈む。
ここから子爵家の領都ヴァニスタンまでは、通常であれば五日の旅程。実際、二年前の王都行のときもそうだった。
偶然にもノールメルク公国の公都までと同じ日数だが、街道の状態が異なる。馬車で一日三十キロメートルしか進めない北国街道に対し、王都街道のそれは五十キロメートルほど。一日の走破距離としては約五割増しである。
荷を担いだ冒険者の足ならば、昼夜を分かたず急いでも三日といったところか。もっとも、その場合、疲労を考慮すると到着後すぐにフル稼働するのは困難だ。
それがパープルが操るハンググライダーもどきなら、わずか一日の距離。侯爵家の飛行部隊の技量は不明だが、倍と見ても二日で済む。しかも俺達の疲労は無いに等しい。到着したその日から全力で活動することだって可能だ。
そんなことも踏まえての飛行部隊の提供なんだろう。
……とするとだ。侯爵なのか子爵なのか、あるいはその両方なのかは判然としないが、彼らが求めているのは時間。何かしらの理由があって、この依頼の早期解決を望んでいる――そんな可能性が高いのではないか。
まぁ、まだ判断の材料が不足している。あまり先走り過ぎるのは禁物だ。
だが、クライアントが
■■■■■
さて。
結果として俺達は、二日後には領都ヴァニスタンの門前に立っていた。
初日は風が良かったようで、夕刻までにはヴァニスタンの一つ手前の宿場町まで到着した。
無論、飛行部隊の隊員は、パープルのように強大な魔法を使えるわけでもなければ、精緻な魔法制御が能うわけでもない。そのうえ重力魔法も使えないとあっては、飛行が安定しないのは止むを得ないことだ。
実際、俺が搭乗した機体は、宿場町の五キロメートルほど手前の地点に不時着してしまい、そこからは徒歩で街へと向かうことになった。
まぁ、それでも相当な時間短縮になったのだから、コペルニク侯爵の思惑が奈辺にあるのかは分からないが、彼ら飛行部隊には感謝しかない。
が――、翌日は一転して無風となり、近傍に適当な高台が存在しなかったため、飛行は断念せざるを得なかった。重力魔法を併用して翔ぶパープルとは異なり、無風の場合、風魔法だけではそれなりの高さから飛び立つ必要があるのだ。
いざとなれば俺の重力魔法のことを明かし、皆を軽くすればいいだけなのだが、今のところ事態はそこまで切迫しているわけではない……と思う。ここは黙しているが吉であろう。
「我々はこの状況では飛翔できない。申し訳ないがここからは……」
そう言って軽く頭を下げた飛行部隊の隊長に、俺は感謝の言葉と共に応じる。
「いえいえ、充分助かりました。ここまで来れば領都ヴァニスタンまでは徒歩で一日の距離ですから」
「そう言ってもらえると助かる。……それにしても、やはりパープル師は別格だな。昔は君達のパーティーメンバーだったんだろう? また会う機会があれば、我々が驚嘆していた――そう伝えてくれないか。とてもじゃないが無風状態で平地から飛び立つなんてマネ、我々にはできない。それを平然とやってのけるとは、まったく大したお人だよ」
隊長がそう言ってパープルを讃えると、他の隊員達も皆、感じ入るように頷いている。
彼らには決して能わぬこと――それを平然とやってのけるパープルに、シビれたり、あこがれたりしているのかも知れない。
まぁ、重力魔法の存在を知らなければ、パープルが風魔法の出力と制御だけでそれをやってのけている……と思ってしまうのも無理からぬ話。
真実を明かせないのは少し後ろめたくはあるが、俺のためにも重力魔法は秘匿しておくに如くはない。申し訳ないが彼らには、このまま勘違いし続けてもらうしかないだろう。
というわけで、俺達はその街から徒歩で領都ヴァニスタンへと向かった。
なお、飛行部隊の隊員達は風を待って一人は俺達のあとを追い――どうやら緊急時の連絡要員らしい――、残りはコペルニクに引き返すとのことだ。
このように、ハンググライダーもどきによる飛行については、まだまだ改善の余地が多く、現在は運用する中でこういった部分を洗い出し、対処法を検討しているところだ――と、以前コペルニク侯爵は語っていた。
このような苦労がいわゆる先行者利益に繋がればいいのだが、そのまま後続者の利益に――いわゆるノウハウだけを丸パクリされてしまう場合もある。
まぁ、その辺のことについてはコペルニク侯爵が上手くやるだろうから、俺ごときが心配するには及ばないのかもしれないが。
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