第143話 見えざる敵


「ひゃあっ!?」

 突然、ルミナの身体がふわりと空中に浮かび上がる。


「!?なんだいったい」

 【無重力】は切っていたはずだ。なのに、まるでルミナの小柄な身体は、見えないロープに吊されるかのように、地上十メートルほどの高さに浮かんでいる。


 混乱する俺に、セレスティーヌが言う。

「レイ、恐らく透明化できるモンスターよ!」


 そうか・・・・・・俺は、頭を整理し、気を落ち着けて魔法を発動させる。

「【魔法解除】」


 発動している魔法を強制的に無効化・解除する上級魔法だ。これで透明になっているモンスターは姿を現すはず・・・・・・あれ、全然でてこないな。ルミナは変わらず浮かんだまま、「助けてください~」と情けなさそうに悲鳴をあげている。


「【解析術】!」

 というか、そもそもこちらを先に発動させるべきだったんだろう。眼前に、モンスターの詳細情報が展開される。

 

「名称 インビジブル・アシュラ

 得意属性 火 

 弱点属性 光

 特徴 透明な狂戦士。六本の腕と剣で、激烈な攻撃を繰り出してくる」


「ごめん、元々透明なモンスターだったのね・・・・・・」

 セレスティーヌが謝る。だが、それよりもルミナの身の安全だ。 


 そもそも透明なモンスターをどうやって相手すればいいのか。


 俺は、素早く思考して対処法を考える。よし、これでいこう。


 透明な手により拘束されたルミナを見て、反撃に移る。

「【招集術】そして【創造術】!」


 次の瞬間、ルミナが俺たちの傍らに姿を現す。同じタイミングで、ルミナが今までいた場所に、ドッポォォォーン!と大量のオレンジ色のペンキが、上方から滝のように降り注ぐ。


 どろりとしたペンキが、インビジブル・アシュラにまとわりつき、その姿を可視化する。


「あれは・・・・・・」

「何、ちょっとしたアイデアだ。ああすれば、元から透明なモンスターだって、姿が見えるだろ?」


 インビジブル・アシュラは、六本の腕を持った、説明通りの狂戦士だった。全長は六メートルぐらい。ペンキに覆われることによって浮かび上がったその顔は、憤怒に満ちていた。


「ふんっ、姿が見えればこっちのもんよ!」

 ミオが雷凰の太刀を抜き、一目散にインビジブル・アシュラの方駆けていく。


「オォォォッ!」

 うなり声とともに、六本の腕と剣から、猛烈な攻撃がミオ目がけて放たれる。


「あ、危ない・・・・・・!」

 だが、俺の心配は杞憂に終わる。目にも止まらぬ速さのアシュラの攻撃を、ミオは次々と華麗に回避していく。どういう身体能力してるんだ・・・・・・。


 あっという間に、アシュラの足下に到達したミオ。もう奴の攻撃は届かない。


「それ、【翠電烈火斬】!!」

 緑色の美しい光をまき散らしながらの一太刀が、アシュラの左足に浴びせられる。その攻撃は一回、二回、三回と何度も執拗に繰り返される。


 グラッ、とインビジブル・アシュラのペンキまみれのオレンジ色の巨体が傾く。見ると、ミオの【翠電烈火斬】は、遂にアシュラの左足の切断に成功していた。


「オォォォォォッ!」

 インビジブル・アシュラは気合いをいれるよう雄叫びをあげる。左足を切断されてバランスを崩しても、六本の腕のうちの一本を器用に使い、身体を支える。


「みんな、いくわよ!」

 セレスティーヌのかけ声で、すっかりミオの攻撃に見とれていた意識を、現実世界に戻す。いかんいかん、俺たちも攻撃しないとな。


「【硬石拳】!!」

 ソフィアの地属性の攻撃魔法が繰り出される。いくつもの巨大な岩石の塊が、まるで意思を持った生き物のようにアシュラを襲う。アシュラは残った五本の腕と剣で、それらの石塊を打ち砕く。


「奴の攻撃は全部わたしが引き受けるわ!みんなは思う存分攻撃して!」

 ソフィアが俺たちに檄を飛ばす。了解だ。


「【火炎旋風】!!」

 セレスティーヌの攻撃が放たれる。燃え盛る炎の竜巻が、ミオのいる場所とは反対側の右足方向に向かう。強力な熱波が、インビジブル・アシュラの足下から右半身を焼き焦がす。


「【光雷弾】!!」

 続いて、アリスが正確無比な光属性弾丸の無限連射をアシュラの頭部に放つ。一発一発の攻撃力は低くとも、無制限に浴びせられてはたまらない。アシュラの頭部は少しずつ削りとられていく。


 さて、最後は俺の番だ。


「超上級魔法【斬空神の舞い】!!」

 細く、静かな一枚の刃が、縦横無尽にインビジブル・アシュラの身体を切り裂く。その動きはあまりにも速く、常人には何が起こっているのか認識することすら不可能だ。


 スパン、という音がする。そう思った次の瞬間、インビジブル・アシュラの巨体はバラバラになり、ガラガラと崩れ落ちる。


「やった・・・・・・倒したわよ!」

 オレンジのペンキまみれでドロドロしたアシュラの残骸の上に登り、ミオが快哉を叫ぶ。


 俺たちは、ミオの元に集まる。


「すごいわよ、流石レイくんね」

「いや、ソフィアが奴の気をそらしていたからこそ、俺の攻撃が成功したんだよ」

「ミオさん、格好良かったです・・・・・・単身、あんな巨大なモンスターに斬りかかるなんて。あたしは、お役に立てずじまい・・・・・・」

「何言ってんの、ルミナちゃんが後方をきちんと守っているからこそ、私たちが安心して攻撃に専念出来るんでしょ」

「セレスティーヌちゃん、あの【火炎旋風】ってすごい技ね。わたしも習得できるかな?」

「もちろん、頑張ればアリスちゃんにも習得可能よ。それより、アリスちゃんの無制限攻撃は相変わらずの効果よね」


 互いをたたえ合うグレートパーティ一同。


 俺は皆を見回し、あることに気付く。


「なあ、みんな。一旦ここから離れようぜ。俺のせいではあるが・・・・・・みんなペンキで随分汚れているじゃないか。装備品を一回洗おう」

「そうね・・・・・・ふふ、ミオちゃん、すごい恰好になっているわね」

「ええっ・・・・・・そういうソフィアだって、かなりのものよ」


 ペンキまみれの互いを見て、しばし笑い合う俺たちだった。

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