第89話 パグラス・ダンジョン
青く冷たい色合いの床が、どこまでも果てしなく続いていた。
見ているだけで寒気がしてきそうな光景だった。
火属性魔法【火のぬくもり】を永続的にかけ続けている状態なので、身体的には寒さを感じないはずなのだが、この光景を前にして精神的な寒さをパーティ一同は感じていた。
「これって、本当にダンジョンなわけ?」
ミオが至極当然の疑問を口にする。それに応じてセレスティーヌは、
「ええ。間違いないみたいよ」
と白い息を吐きながら答える。
「ダンジョンっていっても色々あるんだね・・・・・・」
アリスは言う。
アリエスさんからの説明を受けた後、俺たちは散々迷った末、北方のパグラス王国のダンジョンクエストを受注した。
なぜここにしたのか、というと単純にアリエスさんから薦められたからだ。
クエストを決めかねている俺たちに、アリエスさんは
「だったらパグラス王国の依頼にしてみたらいかがですか?」
と、この国のダンジョンクエストを推してきたのだった。
「どうしてですか?」
俺の疑問にアリエスさんは答える。
「実はですね・・・・・・この国のダンジョン攻略は、最も進行が遅れているのですね。ダンジョン内が、閑古鳥が鳴いているような状態だと聞きまして・・・・・・もう誰でもいいからわが国のダンジョンクエストを引き受けてくれー、と各国に泣きついてる始末なんですよ」
「それって、もしかしてあまりにも強力すぎるモンスターがいて、誰もダンジョンに寄りつかないってことですか?」
セレスティーヌの言葉に、アリエスさんはゆっくりと首を振る。
「いえ。少なくとも、初期階層については、モンスターのレベルはリーティアのとそう大した違いはないようです」
「じゃあ、なぜ?」
アリエスさんは意味ありげな視線を俺たちに向けてくる。
「ちょっと説明しにくいのですが・・・・・・とりあえず行ってみたらご理解頂けるかと思います。どうです、とりあえず受注してみませんか?クエスト破棄はいつでも出来ますので、とりあえず挑戦だけでも」
とまあこんな感じで、アリエスさんの口車に乗せられるような形で俺たちはパグラス王国ダンジョンに来たというわけだ。
己の吐き出す白い呼気を眺めながら、ミオは納得したように頷く。
「どうして、ここのダンジョンが人気がないのかよく分かるわね・・・・・・」
俺も、来てみて充分に分かったよ。ここ、火属性の暖房魔法でも使わないと、まともに歩くことすら困難なほど寒いんだもん。
「確かに、火属性の魔法で身体を暖め続ければクエスト進行は可能でしょうけれど・・・・・・そんなことしていたら、どれだけ魔力を消費することやら・・・・・・」
セレスティーヌもようやく理解したように首肯している。
「でもさ、そう考えたらわたしたちにうってつけのダンジョンじゃない?魔力無限のレイがいるんだからさ!」
アリスはどことなく嬉しそうだ。
確かに、俺が【火のぬくもり】を常時メンバーに対して発動させておけば、防寒対策はバッチリだ。
俺たちは、冷たい回廊を歩き始める。
早速、モンスターの群れと遭遇した。
合計で二十体ほど。人間タイプの、二足歩行型のモンスターだ。
大きさもまた人間くらいだ。氷の結晶のような身体をしていて、その表面が青白く光を反射している。
頭部には、これまた氷の結晶のような角が一本突き出ている。その下にもまた、角と同様に生気の無い一つ目が胡乱げに辺りを俺たちを見てくる。
【解析術】で素早く情報を読み取る。
「名称 魔氷鬼ギル
特徴 基本的に集団行動で、襲いかかってくる。パグラスダンジョンで最も出現頻度が高いモンスター」
「ということらしいですよ、皆さん」
俺は皆に言う。
「グゥゥゥッ!」
魔氷鬼たちは、うなり声を上げながら、こちらに突進してきた。
セレスティーヌが一歩前に進み出る。
「じゃ、ここは私に任せてね」
杖を構えたセレスティーヌは、攻撃魔法を詠唱する。
「それ、上級魔法【終焉の劫火】――」
ゴオォォォォォォォッ!!!という火炎の津波が、魔氷鬼ギルたちを呑み込む。
「グウウゥゥゥッ!!」
哀れな魔氷鬼どもは、なすすべもなく猛り狂った火炎の海の藻屑となった。
【終焉の劫火】が通ったあとは、ギルたちの身体が溶けて出来た水たまりが、しゅうしゅうと沸騰しながら残されるのみだった。
「相変わらず雑魚モンスターに対しても、えげつないな・・・・・・」
俺の言葉に、セレスティーヌはちょっとだけ怒ったように抗議する。
「なによ、いいじゃない!せっかくレイのおかげで魔力も使い放題なんだしさ、どーんと全力でいきましょうよ」
「はいはい、分かりました」
俺たちは魔氷鬼たちの残骸から、何か使えそうなアイテムが出てこないか探す。
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