第32話 ソフィアの課題・その3

「すっかり日が暮れちゃってるわねー」

 空を見回しながら、のんびりとした口調で呟くセレスティーヌ。


 宵闇が辺り一帯を満たしつつあった。

「でも、今度の目標は夜行性なんだろ?」

「んー、そうみたいね」


 セレスティーヌはデータを見る。


 お次の獲物は「星空のしずく」とかいう名前のついた果実らしい。

「恐らく、採集そのものは今までのよりは容易なんでしょうけれど・・・・・・」

「ん?何か問題でもあるのか」

「うん、まあね。この果実、満月の夜に採集すると一番美味しいんだって。なんでも、月の光が果実内の熟れ具合に影響を与えるのだとか」

「へー。あれ、でも今夜は満月だったっけ」


 俺は夜空を見上げる。


 曇り空だった。月など見えやしない。


「・・・・・・どうするんだ、これ」

「うーん・・・・・・でも、天気は悪くても、今日は満月ではあるはずなのよね」

「んなこといったって、雲が月光を隠しているからどうしようもないだろ」


 腕を組み、しばし考え込むセレスティーヌ。それから何か解決策が閃いたといった感じで顔を上げる。


「天候操作の魔法とか、ないのかな?」

「え?」

「いや、全属性魔法解除されているあなたなら、ひょっとしたら、て思ってさ」

「んー、そう言うなら探すだけ探してみるか」


 俺は魔法一覧を見ながら、天候操作の魔法がないか探してみる。


 見つかった。最早、超上級魔法という名前ですらない。更にその上位の、神級魔法とかいう名前がついている。


「あったぞ、セレスティーヌ!」

「うそ、本当!?」

「ああ。ちょっと待っておけ。それ、神級魔法【晴れ】」


 シンプル過ぎる名前の魔法だったが、効果は絶大だった。夜空を覆っていた黒雲は瞬く間に散り、満月がその姿を現した。


「やったー!それじゃ、しばらく月光を浴びせたら“星空のしずく”を採取するわよ」

「了解」


 【千里眼】で「星空のしずく」を探す。


 【幻映術】で、大まかな位置をセレスティーヌに知らせる。


「ふむ・・・・・・結構あるのね。」

「いくつくらい採取してこいって依頼されたんだ?」

「十個くらいみたいね。向こうとしても、天候によっては取って来なくても仕方ない、て思ったのか、出来たらでいいみたいなこと言っていたのよね」

「なるほどねえ。でもこれ、月光浴びせて何時間くらいしたら取ればいいんだ?」

「うーん、一、二時間くらいでいいみたいよ?」


 ということで、俺たちはしばらくの間、何もすることがなくなる。


 二人で手近な樹木の根元に腰掛ける。

「これで依頼された食材は最後なんだよな」

 俺はセレスティーヌに尋ねる。


「うん、そうだね」

「ソフィアさん、俺たちのこと受け入れてくれるかなあ」


 不安を口にする俺に、セレスティーヌは柔らかく微笑みかけてくれる。

「多分大丈夫だよ」

「だといいんだけれどな・・・・・・」


 会話が途切れる。俺は、夜空に輝く満月をぼーっと眺める。


 そのとき、地面に置いた俺の手に、セレスティーヌの手が重ねられたのを感じた。

「・・・・・・」


 夜気で冷たくなったその手には、微かなぬくもりが残っていた。心臓の鼓動が早くなった。


「ありがとね・・・・・・」

 セレスティーヌは俺の耳元で囁く。暖かな吐息が俺の耳朶をくすぐる。


「なんの話だ?」

 唐突な展開に、俺は緊張を隠せない口調で答える。


「パルシア魔法学院のこと。もう忘れたの?」

「いや、そんなことないが」

 忘れられるわけないだろう。


「よく考えたら、お礼言い忘れていたなって」

「ああ、なんだそんなことか。別に気にするな」

「私は気にするの」

 重ねられた手に込められた力が、少しだけ強くなったような気がした。


「どう思おうと、あなたは命の恩人よ。その事実は揺らがない」

「・・・・・・うん」

 そう答えるのがやっとだった。


「いつか、必ず恩返しするからね」

 そう言うと、セレスティーヌは重ねた手を放して、立ち上がる。


 月の光を受けて、セレスティーヌの顔が幻想的な陰影に彩られている。


 彼女は悪戯っぽく微笑む。


「さて、そろそろかな。 “星空のしずく”を見に行きましょう」

 【千里眼】で見つけた「星空のしずく」の下へと向かう。 


 樹木に、「星空のしずく」の実が五個ほどなっていた。


「お、五個もなっているじゃん。これ取ってさっさと帰ろうぜ」

「んー、ちょっと待って」

 セレスティーヌはソフィアさんから貰った説明を確認しながら俺を制する。


「一本の木につき、採れるのは一個まで。一番上になっている実のみだって」

「えー、どういうこと?」

 俺は不満を漏らす。


「なんでも、一番上になっているのが、最も月の光の影響を受けて美味しいんだってさ。だから、そこだけお願いだって」

「そうかよ・・・・・・」


 アルカディア荘の入居権を賭けた依頼だから黙って従っておくが、ちょっと注文多すぎやしないか?味なんて、そんなに変わるものなのかねえ。


 不満いっぱいな俺の表情を見て、セレスティーヌは慰めてくれる。

「まあまあ、レイ。ここはちゃんと依頼をこなそうよ。一応これでも私たち、ギルドの一員なんだから。頼まれたことはしっかりする、それが鉄則よ」

「はーい」

 ということで、「星空のしずく」の一つ目をゲットする。


 その調子で、二個目、三個目と同様に入手していく。


 結局三つしか手に入らなかったが、まあよしとしよう。


 そういうわけで「星空のしずく」を【保管庫】へと収納して、俺たちはアルカディア荘へと帰るのだった。

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