10/10 Mon. 安中祭2日目――いざ鎌倉

 源田氏と別れてまもなく、俺と久保田は管理棟の生徒指導室にやってきた。


「碓氷氏、生徒指導室の鍵って貸し出しされてないよね」


 右手の鍵で開錠して見せたら久保田がそんなことを言ってきた。


「そりゃそうだ。ここは基本的に教師+生徒のセットで使われる訳だから、利用予定の教師がその都度で鍵を持参するのが通例と言えるわな」


 返事をしながら中にGO。久保田と横並びでパイプ椅子に座る。


「じゃあなんで碓氷氏がそれを持ってるのさ」


「そうだな。A:碓氷は教師だった。B:合鍵を作ってみた。C:拾った。D:貸してって言ったら貸してくれた。E:内緒でパクってきた。さて、どれでしょう」


「本命E、対抗B、大穴Aってとこかな」


 俺、親友に泥棒だと思われてるらしいよ。軽くへこむね。


「正解はDでしたー。やっぱ交渉に必要なのは誠意だね。誠意に勝るものはないね」


「碓氷氏に誠意って言葉は油野氏にスマイルって言葉くらい似合わないと思う」


 この野郎。あんま調子こいてっと腹を揉むぞコラァ!


 とかイチャイチャしてたらノックが聞こえた。


「どうぞー」


「はーい、失礼しまーす」


 そして入ってきたのは3年生のアイドル的な存在。北條花楓先輩だ。


「どうぞ、お掛けください」


 俺は座ったまま正面の席に手で促す。


「何かの面接みたいだね」


 にこにこしちゃってるね。俺が人事担当なら即採用だわ。だって可愛いもん。


 北條先輩が座ったのを見計らい、今度は手を隣の天パに向ける。


「こちらが久保田玲也くん。あの水と油をくっつけた仲介人です」


「昨日ぶりです」


 久保田のお辞儀に対して北條先輩でも頭を下げる。良い子だねえ。


「それで本題ですけど」


 北條先輩が背筋をピンと伸ばした。真面目な顔もまた愛らしい。写真を撮って源田氏に送り付けたら、碓氷パイセンって呼ばせることも可能かもしれないな。


「まだ詳細な時間を決めてはいませんが、北條先輩は久保田の呼び出しを受けて図書室にいきます」


「はいっ」


「以上です」


「はい?」


 首を傾げたくなる気持ちは分かるけど、この件の仕掛け人はあくまでも男子だからさ。実際に水谷さんのムーブもそんなんだった訳だしね。


「それだけ? その、源田くんは?」


「先にスタンバってます」


「んん? 源田くんのほうはどうやって呼び出してるの?」


 ここは水油の一件にはない設定を用意しなきゃいけない。本音を言えば、はぐらかしたい部分ではあったが、やっぱ気になるよね。


「立会演説の件で話があるって上条先輩から言付かってると」


 当然、でたらめだ。上条先輩には話も通してない。あれを巻き込んだら大仰なことになるに決まってんだもん。


「……それって大丈夫なの?」


 大丈夫の意味が分からん。剣呑な空気になってんじゃねーのかって不安かな?


「飛白ちゃんだと思ってやってきたら私なんだよね。ガッカリしない?」


 あー、そういう。


「バカ言ってんじゃねえよ。ガッカリどころか全力でガッツポーズするわ」


「完全に同意。なんなら小躍りします」


「……2人とも。飛白ちゃんに何をされたの」


「筆舌に尽くしがたいですね。聞くも涙、語るも涙の物語とだけ。テーマは迫害?」


「天から舞い降りし者が浄化という名の暴虐を悪戯に愉しむお話かと思われ」


 こうして考えてみると、俺らって脆弱な存在だよな。あの殺戮の天使にされるがままだし。


「ヒハクさま。かっこよくて好きなんだけどなぁ」


「かっこいいのは同意します」


「かっこいいのだけは同意します」


 北條先輩が何とも言えない表情になってしまった。これもすべてあの悪魔が悪い。


「んー、でもやっぱ飛白ちゃんって可愛いし。源田くんも飛白ちゃんに気があるからちょっと攻撃的になったりするんじゃないのかな。ほら、男子ってそういうとこがあるじゃない? 好きな子にはちょっかいをかけたくなるみたいな」


「いや、やられる前にやれって感じだと思います。つまり自己防衛本能」


「蚊の羽音が聞こえたら無意識に殺虫剤を目で探しちゃうような感じかと思われ」


「……飛白ちゃんはどれだけ業が深いの」


 強いて言えば奈落だよ。概念上のどん底くらいの深さだよ。


「まあとにかく北條先輩は図書室に行って、源田先輩に話し掛ければいいんですよ。あれ? 源田くん? 久保田くんを見なかった? って感じで」


「本当にそれだけでいいの?」


「大丈夫です。2人きりの図書室は特異点みたいなものですからね。ちょっと想像してみてください」


 素直だな。北條先輩が目を閉じてしまわれた。


「普段ならそこそこの人気がある図書室。なのに今日はそこに2人きり。まるで別世界に入り込んだような錯覚に陥る。でも彼がいるから不安じゃない」


「おぉ」


「夕日に照らされる彼。絵になるってこういうことを言うんだなって実感する。見惚れながらも彼のとの距離を縮め、ふとこっちに気付いたようだった。顔が赤く見えるのは夕日のせいかな。そうじゃないといいな」


「おぉ!」


 盛り上がるのが早いな。


「だがそれは彼から見ても同じだった。夕日の紅をさした彼女はいつもと違って見える。そしてただ思った。綺麗だな、と」


「きゃー!」


「陳腐な言葉しか出てこない自分を呪いたくなった。しかしそれ以上に思ってしまった。あの悪魔がごとき小娘と比べてこの少女はどうしてこうも可憐なのかと」


「ちょっと待って」


 おや? 何か気に入らない点でもあったかな?


「飛白ちゃんへのヘイトが隠しきれてないよ」


「これは失敬。気持ちが溢れてしまいました」


 けどね。


「ぶっちゃけ源田先輩も似たようなことを思うんじゃないかなぁ」


「えー?」


「北條先輩はヒハクのイメージを強く持ちすぎなんですよ」


 現実を見て欲しい。あんなのに騙されるなんてもってのほかだよ。


「んー、じゃあそこは百歩譲ってもいいけど。そもそも源田くんって最近まで好きな人がいたんだよね? なのにいま私が告白して受け入れてくれるの? まだハートブレイク中なんじゃないの? 鬱陶しいとか思われない?」


 おっと。意外と冷静だな。これに関しては源田氏からもツッコミをくらった。


「北條には好きな人がいるのに、オレの告白を受け入れて貰えるものか?」って。


 だから回答は決まってる。


「あー、それはただの恋愛テクニックらしいですよ」


「え?」


「恋コンで川辺さんがやってたみたいなやつです。好きな人がいたけど、もう失恋したってのは、今はフリーですよ、今がチャンスですよって言ってるようなもんなんですよ。だから源田先輩が誰にも告白してないってのは事実になりますね」


「なるほど! 一理あるね! でも妙に設定が凝ってたような?」


 あー、1年の5月からとかそんなことを言ってたな。他にも好きな人に彼氏ができたとかっていう完全に蛇足なやつ。


「リアリティを持たせるためですよ。テキトーなことを言ってただけです」


「そうなんだ。私も1年の5月に恋をしたからちょっとびっくりしたんだよね」


 まじか。こいつら2年前から相思相愛だったのか。じれってえな。


「でも最後に『今は新しく恋愛する気にもなれんしな』って言ってなかった?」


 あれはまじでクソだったな。しかし問題ない。


「強がりです」


「え?」


「見栄を張ってるんです。だって2か月後にクリスマスがあるじゃないですか。その時に言える訳ですよ。別にオレがモテないから独り身って訳じゃねーし。新しい恋愛をする気になれんかっただけだし。受験もあるし。至って予定通りですけど?」


「なるほど! そっか! 源田くんってそういうとこある! 1学期の期末の前にも『生徒会の引継ぎが大変で勉強する暇がない』って言ってたもん! あれも先出しの言い訳ってことだよね! 結局はいつも通りの学年1位だったけど!」


 源田氏、ちっちぇえな。ちょっと可愛いと思っちまったわ。


「まあ男なんてそんなもんですよ。だから源田先輩は別にハートブレイクもしてませんし、逆に恋愛をしたいと思ってるからこそあの言葉が出たのかもしれません」


「おお! なんかちょっとだけ大丈夫な気がしてきた!」


「てか俺は上手くいくと思ってますけどね。北條先輩は可愛いですし、リフィマに一緒に来た時だってお似合いだと思いましたから」


「やだもう! 碓氷くんったら!」


 よし、後はこのまま丸め込むだけだ。


「それとこれは俺の直感なんですけどね」


「え? なになに?」


 笑顔で前のめり。完全に信用を得た感がある。


「実は源田先輩って北條先輩のことをいいなーって思ってんじゃないかなって」


「えー? またまたー」


 これは信用してくれねーんだな。難しい。


「なんかちょいちょい北條先輩のことを見てますし」


「あっ、それ、実は私も感じてる」


「リフィマに招待するって言った時もあっさり承諾しましたし」


「あれは調理部の元部長として料理研の腕を知る義務があるとか言ってたよ」


 あのへたれが!


「そんなん強がりですよ。デートって意識すると浮かれちゃうからだと思います」


「そ、そうかな?」


「まじでガチでそうだと思います」


 だから大事なことを言っておく。


「そういうことで、もしかしたら場の雰囲気に流されて、あっちの方から告白してくるかもしれません」


「いやいや! それはないでしょ! さすがに盛りすぎ―!」


 あるんだっつの。


「なので北條先輩が告白するのは、源田先輩が図書室から出ようとするか、告白してくる気配がないか。その辺が判明するまでは控えてください」


「んー、まあ、碓氷くんがそうするべきっていうならそうするけど」


 おっけ。源田氏の方のプランに『北條先輩の告白』はないからな。先手を打たれたらあのへたれが混乱してしまう。むしろ土壇場になってへたれを発揮した時に北條先輩からのアクションが期待できるってのは助かるかもな。


「後はこの久保田の特殊能力を信じてください」


「うん! 頼りにしてるよ! 恋のキューピッドさん!」


 北條先輩が久保田に向けて手を差し出す。陰キャはそういうのに適性がないから戸惑っちゃうよ。いいから握手しとけ。


「恋のキューピッドってローマ神話で言う恋の神クピドを英語読みしたものなんですけどね。ご存じの通り、ローマ神話のキャラって大半が特殊な髪型をしてますよね」


「言われてみれば癖毛の人が多いかも!」


「そしてこいつは天パ。ご利益があると思いませんか?」


「うんうん!」


 天パの使いっ走り。略して天使。クピドは神であって天使じゃないけど、これもまた縁起がいいと言える。


「では17時前後を予定してますので、その辺りに用事を入れないようにしておいてくださいね」


「おっけー!」


 これでよし。後は結果を待つのみだ。


 まあ、これだけの好条件だし、上手くいく以外にないと思うけどね。


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